年始の番組を収録しようと言うことで、1月2日分の収録を。
付き合ってくれたのは梓夕子さん。
愛知出身で、愛知学院大学文学部心理学科卒業の才女だ。
数ヶ月前、大阪8時7分発の新幹線に乗っていたら、名古屋から乗ってきたのが夕子さん。
新幹線で女性演歌歌手に数回会ったことはあったが、マネージャーは分かったが、歌手の見分けが付かないこともあった。
ノーメークだったからだが、マネージャーの担当歌手が変わったのかな、と思ったこともあったが、夕子さんはすぐに分かった。
「私、化粧していたからですよ。化粧していなかったら分からないですよ。これからも化粧して新幹線に乗ろう」だって。
新曲「心に愛を・・・」のキャンペーンで忙しい彼女も、苦労時代があった。
デビューして2年目に、お父さんが倒れた。
看病するために愛知・高浜に帰った。
地元中心で仕事を続けたが、元に戻れるとは思わなかったそうだ。
お父さんが亡くなり、次は、一緒に看病していたお母さんが倒れてしまう。
看病は12年間も続いた。
再び、東京で仕事が出来るようになった喜び。
「一人でも多くの人にめぐり合いたい。そして、私の歌を聞いて欲しい。来年の目標?それも、多くの人に会いたいことです」と、笑った夕子さんは、礼儀正しい明るい人だ。
19日の生放送に登場してくれたのがデビュー3年目の三山ひろしさん。
鹿児島・出水から返ってきたという三山さんは、お饅頭を差し入れてくれた。
その前には、夕子さんが「赤福」を。
歌手になりたかった三山さんは、片道運賃だけで高知県南国市から上京する。
歌手になるすべすら知らなかった彼は、まず就職を考えた。
東京・青山でウエイターを募集している店に飛び込んだ。
青山あたりは、歌手の人たちがいると考えたからだ。
無事に就職することが出来たが、そこが、歌手の松前ひろ子さんが経営するレストランだった。
「歌手になりたい」と、正直に話して、松前さんのご主人・中村典正さんに弟子入りだ。
新曲「女に生まれて」も好調なようで、オープンスタジオの前には手製の団扇やペンライトを持った女性が7~8人。
彼の曲に合わせてヒラヒラ、ユラユラ。
風邪引かないか心配しちゃうが、皆さん元気。
「何処までも応援に来てくれるんですよ。東京のお母さんたちです。ホントに励まされています」と、言った三山さんは爽やかだ ったね。
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