♪私がささげた その人に~「女のみち」の大ヒットで知られる宮史郎さんが11月19日、多臓器不全のため都内の病院で亡くなった。
69歳だった。
兄の宮五郎さん、並木ひろしさんと3人でお笑コミックバンド「宮史郎とぴんからトリオ」としてデビューしたのは63年だった。
売れない時代が約10年近く続いたが、73年に自主制作した「女のみち」が有線で火が付き、コロムビアからメジャーデビュー。
またたくまに325・6万枚を越える大ヒットになった。
この記録は、歴代シングルヒットの2位。
ちなみに1位は「およげ!たいやきくん」の457・7万枚。
3位は「TSUNAMI」の293・6万枚。
その後発売した「女のねがい」は170万枚、「女のゆめ」も80万枚のヒットになった。
しかし、宮兄弟と並木さんが対立し並木さんが脱退、残った兄弟で「ぴんから兄弟」として活動を続けた。
その後、史郎さんがピンになり、五郎さんがマネージャーを務めることになった。
その五郎さんが94年8月に58歳で他界、98年11月には並木さんも56歳で亡くなった。
史郎さんとのエピソードとしては、札幌の大型クラブでの出会いだった。
栃木・小山の友人で、当時、グランドホテルの社長だった中島一男さん(現・小山中央観光バス会社社長)に誘われ、札幌に遊びに行った。
飲みにいったクラブで、史郎さんのショーがあった。
中島さんは、周囲のお客さんと同じように、1万円札を割り箸にはさみご祝儀を渡そうとしたんだ。
自分で行けばいいのに、オレに行けという。
で、中島さんがもう1本作ってふたりで、私に行く。
歌の合間に、ふたりでご祝儀を渡す。
ギョッとした顔で、オレを見つめた史郎さん。
リポーターからご祝儀が来るとは思ってもいなかっただろうし、ビックリしたんだろうな。
その後、会う機会がなかったからこの話はご本人としたことなかったけどね。
「女のみち」のヒット感謝パーティーの抽選会で、オレ、白いギターを貰ったことがあったな。
後にも先にも、パーティーで商品をゲットしたのは、このときだけかも。
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