昭和の名横綱といわれた第48代の大鵬さん(本名納谷幸喜さん)が、1月19日、午後3時15分、新宿の慶応病院で亡くなった。72歳だった。
東京・錦糸町にあった寿司屋でよくお会いした。脳梗塞で倒れた(77年)こともあったが、健康を取り戻し、歩いて通っていた時代だった。おかみさんと一門の親方らと良く来ていたね。
今は亡き、ラジオディレクターの古田和広さんが「親方は凄いですよ。“巨人・大鵬・玉子焼き”と言ったって、親方は一人。玉子焼きも世界中にあるし、巨人だって束になって比べられてるんですから」なんて言って、親方が嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。
愚痴も聞いたことがあったな。
夏のある日、オレたちは、伊豆七島・新島の帰りだった。島で取っ てきた大量の「シッタカ貝」を持っていた。寿司屋の調理場で茹でて食べることにした。ちょうど大鵬親方が、おかみさんと来ていたので食べていただくことにした。少し多すぎたかもと思っていたが、親方は黙々と食べ続けてくれた。見ていて大丈夫かな、と思ったぐらいだった。それでおかみさんに叱られることになる。「あんなにいっぱい出さないで下さい。親方は、貧乏性だから出されたものはすべて食べてしまうんですから」と。ホントに申し訳ないと思ったね。この寿司屋は、いまは無くなってしまったが、大鵬さんと何度もお会いした。地区の開発で、この店が取り壊しになったとき、店の大将は、大鵬部屋にスカウトされたんだ。その大将も、いまは、貴闘力さんが、経営する焼肉店にいるけどね。
訃報で、大鵬親方の温和で人懐っこい顔が浮かんだ。
横綱時代は知らないが、出会った頃は、ホントに優しい人だったよ。ああ、合掌。
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