今月、明治座「北島三郎特別公演(一)伊那の勘太郎 信州ひとり旅(二)ヒットパレード 北島三郎、魂(こころ)の唄を・・」(4月4日まで)に出演中の北島三郎さんグループにあった。
東京・人形町に飲食店。俳優はいなかったが、北島さんに古くから付いてるスタッフの皆さん。どの顔も一度や二度はお目にかかった人たちだ。今年、芸能生活52年目を迎た76歳になる北島さんはお若い。
新幹線に食堂車があった時代。食堂車で、新大阪から北島さんの話を聞きながら東京まで帰った記憶が甦った。週刊誌記者だったオレは、大阪・新歌舞伎座に出演中だった山本譲二さんを取材して帰る時だった。サプライズで北島さんが、譲二さんの舞台に飛び入り出演した。誰もが北島さんが出演するとは思ってない。客席は大騒ぎになった。
その帰り、同じ新幹線で一緒になったのだ。グリーン車に座っていたオレは、北島事務所の幹部から「親父が待ってるんですけど」と、誘いを受けた。一滴も酒を飲まない北島さんは、オレに酒を進めながら、渋谷での流し時代の話から話し出した。北島さんの話は面白い。ホントにアッという間に東京駅だったもの。
その次が、鳥羽一郎さんと歌った「演歌兄弟」のレコーディングのとき。日本テレビの別館のスタジオだった。本番を終えてスタジオに行くと、ちょうどレコーディングが終わったときだった。北島さんに椅子を勧められて座ることになった。そのときも、レコーディングした曲を何度も聞かせていただきながら、北島さんの話が続いた。鳥羽さんもレコード会社のスタッフも聞いている。そんな時、「ザ・ワイド」の芸能デスクだった大村康くんから「石川さん、すいません」と、呼び出された。「レコーディングが済んで、みんな帰りたいそうです。石川さんが立たないから、みんな帰れない。北島さんに『仕事が入った』と言って、立ち上がってくださいよ」と。すでに1時間半は経っていたからね。北島さんに別れを告げた瞬間、鳥羽さんもスタッフもいっせいに帰り支度を始めた。オレが、スタジオに行ったことは、迷惑だったんだよね。
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