大相撲春場所も横綱・白鵬の全勝優勝で幕を閉じた。
大嶽部屋の東京後援会「大竜会」の顧問という肩書きを頂いているオレも、当然、大嶽部屋の力士たちの活躍は気になる。
エジプトから始めて力士になった大砂嵐や珍名と言われる右肩上。
ふたりは6勝1敗。
大砂嵐の取りこぼしが大きい。
もし、全勝してたら5月場所は十両に上がっていたかもしれないもの。
5月場所は全勝して、晴れて関取になって欲しいものだ。
と言う一方で、十両の誉富士も10勝5敗と勝ち越して、5月場所に前頭に上がる可能性大。
勝ち越した日に「後二つ勝って」とメールしたら「頑張ります」と返事が帰って来た。
福岡の沢柳則明さんに紹介されて以来、誉富士の大ファンになってしまった。
そして、そのメール通りに2連勝して10勝。
番付編成会議で微妙なところかもしれないが、ぜひ、前頭に上がって欲しいな。
と、明るい話題の中で、寂しいニュースもあった。
間垣部屋の閉鎖だ。
2代目若乃花として人気があった横綱で、何度も取材させていただいた。
師匠・二子山の四股名・若乃花を受け継ぎ(本人は若三杉でいたかったそう)、長女と結婚、そして離婚。
銀座で豪遊していた頃からの恋人・侑子さんと再婚した。
侑子さんは銀座の超高級クラブのママだった。
年上で、しっかり物のママ。
師匠にしたら娘を袖にされて銀座ホステスと再婚。
許せなかったんでしょうね。
年寄株も分けることをせず、部屋つき親方として横綱の名前で務めていた。
間垣親方の妻で部屋のおかみさん、有能なマネージャー兼プロデューサー兼母親という役割を果たしていた侑子夫人の存在の大きさは計り知れない。
年寄株を2億円で購入でき、部屋をもてたのも侑子夫人の力だった。
その夫人も07年12月に亡くなってしまった。
無邪気に正義感だけで生きてきた間垣親方だっただけに夫人の死は大きかっただろうな。
2年後の07年3月場所中に脳梗塞で倒れてしまう。
それからは車椅子生活だった。
「間垣親方離婚」なんてガセネタを掴んで、侑子夫人を直撃したこともあったな。
その、間垣部屋が閉鎖される。
感慨がある。
24日には、3月場所の打ち上げとお別れパーティーが開かれた。
4月13日には、東京・亀戸で、部屋として最後のサヨナラパーティーを開く。
関係者は「大阪も寂しいものだったけど、東京も客来るかな」と心配しているそうだが・・・。
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