書き忘れていたことがあった。
いまは閉めてしまったが、東京・銀座に「ばあでぃ」というクラブがあった。
週に3回は通っていた店だが、そこの常連客だった林崎憲一さんの49日が、神奈川・横浜の浄光寺で13日午前11時からに行われた。
大阪の早朝番組を終えて8時の新幹線に乗るオレにあわせたような時間。
新幹線で新横浜、そして根岸線で石川町。
タクシーに乗ったら10時45分に寺に着いた。
店が閉まって3年は経つのかも知れないが、健一さんと実兄の勲さんとは、店を離れても良く飲んだ。
カミさんに先立たれ独身を謳歌していたように見えたが、寂しかったんだろうな。
ママが時々、お弁当を作って持っていってあげていたらしい。
店が閉まる頃には体調を壊していて、店で寝ているようなこともあった。
自宅で一人が淋しいから、店でオレたちのつまらない話を危機にきていたんだろうな。
日本経済新聞社の販売所を経営していて、羽振りの良い生活を見てきたこともあった。
ママは「お弁当を届けたら亡くなっていたんです。その2日前に、電話で話したら“ママ、すべて片付いたから。日経の契約も解除して、販売所を閉める手続きも済んだよ”と連絡があって。まさかと思いましたよ」と。
親戚・友人21人での法事供養。
納骨も済ませた。
お寺は、時宗。
聞きなれない名前だったが、鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派だそうだ。
中華街に移ってお清めの酒宴。
オレはラジオの生放送があるので早々に引き上げさせてもらったが、健一さんの法事に参加できてよかったよ。
それにしても、店を閉めても東京に残り、当時の仲間と連絡を取り合っている大分生まれのママさん。
オレがこの店を紹介したばっかりに、その男に、ママは300万円を超える売り上げを貸してしまった。
銀座のハズレで小さな不動産屋を営んでいて「俺が一番銀座で古い。実績と信用だね」なんて言っていた奴で、まさかそんなにだらしないとは思わなかった。
貸した方も貸したほうだが、借りたほうも借りた方。
自宅があるんだから裁判しかないね。
ぐずぐずしてると、自宅の名義も奥さんに変わっちゃうよ。
あ、健一さんの話だった。
あの世には、奥さん達がいて寂しくないかもよ。
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