スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。
3.11.改めて災害の恐ろしさと原発の怖さを感じた日だったね。

3年前のこの日、オレは東京・全日空ホテルの1階にいた。

東京スカイツリーが出来るまで緒書いた小説「634(ムサシ)」を書きになった片岡弘さんと待ち合わせをしていたからだ。

元大手広告代理店に勤めていた人だ。

小説を渡され、一気に読み上げてしまう面白さがあった。

待ち合わせは午後3時。

ホテルのロビー。

少し早くついたオレは、1階に置いてあったソファーで時間を潰していた。

2時46分、一回目の地震がやってきた。

恐怖を感じた瞬間だった。

そして、数分後、またまた大きな揺れ。

ホテルが倒れるという思いが生まれた。

慌てて外に飛び出すと、ホテルの前にある高速道路上で、大型バスが立ち往生し大きく揺れていつのが見えた。

今にも、ホテル側に落ちてきそうだった。

待ち合わせした片岡さんとは当然会えなくなり、自宅にも帰れない一日の始まりだった。

昨日も流された大津波の映像。

防波堤を二里越えてくる大波と、それに流されてくる大型の船。

アナウンサーの「黒い波があるのを始めて知りました」の声が耳に残っている。

原発が、事故さえ起こさなければ、地震で被災した地域に人たちは、もっと早く立ち上がっていたのだろうが、原発の未曾有の大事故。

誰も責任が取れない状態で3年が過ぎた。

政府だって東京電力だって、被災者には何も責任が取れていないのが現状だ。

汚染水だって溜めることしか方法が無いのか(?)。

1号機、2号機、3号機は、いまだ手付かずの現状。

見ているだけで悔しいね。
2014/03/13(木) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

COMMENT FORM

以下のフォームからコメントを投稿してください