五木ひろしさんの「よこはまたそがれ」の作詞や小説「演歌の虫」「老梅」で直木賞も受賞していた山口洋子さんが9月6日午前1時6分、呼吸不全のために亡くなっていたことが明らかになった。
77歳だった。
ここ数年、車椅子生活だった山口さんをずっと支え続けてきたのがキックボクシングの生みの親・野口修さん(80)だった。
ふたりの交際は60年近く続いていたし、最期を看取ったのも野口さんだったと言う。
山口さんは、19歳のときに東映のニューフェースに選ばれ女優に道に進むことになるが、同時に始めた銀座のクラブがだいヒット。
銀座一の有名クラブ「姫」のオーナーママとして、数多くの銀座のままを輩出すた。
「順子」はじめ多くのママが、山口さんの「姫」で働いていた人たちだ。
その一方で、女優としては芽がでなかったが、作詞家として腕を振るうことになる。
内山田洋とクール・ファイブの「噂の女」から始まり、五木ひろしさん「よこはま・・」「長崎から船に乗って」「ふるさと」「夜空」。
中条きよしさん「うそ」。
石原裕次郎さん「ブランデーグラス」「北の旅人」。
八代亜紀さん「もう一度逢いたい」。
山川豊さんの「アメリカ橋」など大ヒット曲がある。
お店には、オレが松竹時代に連れて行ってもらったことがあったが、有名俳優や作詞家・作曲家から野球選手までが、幅広いお客さんが来ていたようだった。
もちろん大企業の社長や役員達もいたんだろうな。
オレは、松竹の先輩のお供だったが、他の映画会社の人たちもお客さんだった。
20歳そこそこのオレは、一般客としては若い方だった。
あの時、銀座に連れて行ってもらってなかったら、オレの人生は地味だったんだろうな。
で、山口さんは、とにかく凄い人だった。
知識が豊富。
女優を続けていてもきっと一流になっただろうな。
「“女優と女給”は同じ。一流は一流」という言葉は、山口さんが言い出したんじゃないかな。
またひとり、昭和の天才が消えてしまった。
昭和がどんどん遠くなる。
ああ、合掌。
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