落語家でタレントの桂小金治さんが肺炎で亡くなった。
88歳だった。
芸能界で、オレが長老になってきた証なのだろうか、福岡で「めんたいワイド」の生放送に出演中から各方面のメディアから電話がかかってきていた。
子供の頃に映画「拝啓天皇陛下様」やテレビドラマ「破れ傘刀舟悪人狩り」を観たことはあった。
その後は、テレビ朝日の「アフターヌーンショー」(当時は教育テレビ)NTV[それは秘密です」などの視界で活躍した人だ。
でも、残念ながら、一度も取材をさせていただいたことがなかった。
コメントが出来ない。
落語家だったが「真打」になっていないうちにやめてしまったから「二っ目」それなのに、周囲から「師匠」と呼ばれることに抵抗を持っていたなんて話は聞いたことがある。
「師匠」の桂小文治さんに相談したら「芸能界ですでに「師匠」になっている小金治が、『師匠』と呼ばれて何がおかしい。いいじゃないか』と、言われて、「師匠』といういう言葉が受け入れられたと言う話を聞いた。
オレが、日本テレビで、芸能リポーターを始めた頃、小金治さんがNTV「ルックルックこんにちは」で、「できるでショウか」のコーナーが出来た。
その頃廊下でお会して「君頑張ってるね」と、声を掛けられたのが最初だった。
その後何度か日本テレビでお会いしたことがあったが、挨拶程度の会話しかしなかったな。
テレビで観ていた人に、気軽にに声を掛けていただいたことが、新鮮で感激で緊張したことを覚えているね。
その後、落語家に戻り寄席に出演していたのかな。
豪邸に住んでいると風の頼りに聞いた。
もっと取材しとけばよかったな。
昭和27年に松竹で映画発出演したときの日当は一日5000円。
二つめの落語家が寄席に出演するときは100円単位(今でも変わらないという噂)だからよりははるかに高かったんだろうな。
当時のサラリーマンの初任給は、1万円にも満たなかったからね。
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