11月28日、81歳で亡くなった俳優・菅原文太さんは、宮城県仙台生まれだった。
その菅原さんが、どうして福岡の太宰府天満宮にお墓を構えたのだろうか。
そんな疑問を思って取材を始めた。
宗教問題はなかなか入りづらいものだ。
関係者によって、菅原さんと太宰府天満宮との関係が良く分かった。
菅原家と太宰府天満宮の関係が生まれたのは13年前だった。
菅原さんの長男で俳優の菅原加織さん(享年31)を踏切事故で亡くしてしまう。
小田急線の営業中の出来事に「お酒に酔っていた」
「携帯電話を掛けながら歩いていた」
「遮断機が下りていた」
「自殺」などの憶測が飛んだ。
菅原家は、加織さんの葬儀を何処でするかという事になった。
最初は、関西にある大きな誰でもが知っている大社にお願いするが、断られてしまう。
そして、この大社から太宰府天満宮を紹介されることになった。
菅原さんは仏教ではなかった。
信徒として大社にお願いしたというわけ。
大社は、菅原道真公が祭られていることも何かの縁だった。
加織さんは、ここのお墓に眠っている。
そのお墓参りにために、菅原さんは福岡・中央にマンションを借りた。
息子・加織さんの墓参りの回数が増えた。
天満宮の関係者は「もし自分に、もしもの子とがあったら、こちらでお願いしたい。息子と一緒にして欲しい」と、お願いされていました。
「39日に家族層が行われましたが、1日にも葬儀が行われた。こちらでは、10日目、50日目、1年祭というのが、仏式の法事と同じようなもの。1日には、マスコミの方も見えていたようでし
たが、混乱はありませんでした」と、関係者。
翌日に納骨したのかな。
聞き漏らした。
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