福岡・博多の家庭料理「花林」で出会い、2ヶ月に一度中洲で飲むことにしていた元九州電力OBの吉田さんが亡くなったと知り合いから連絡が入った。
82歳だったと思う。
自宅に連絡を入れたら、午前中になくなったと言う。
「家族で葬儀をします。後日お別れ会を開く予定です」と、ご家族に知らされた。
生花を送る手続きはしたが、行ったほうがいいのだろうか。
付き合いは短かったが、オレのことを本気で好きになってくれた人だ。
来週29日午後5時に、福岡ホテルニューオータニの地下のバーで待ち合わせもしていた。
月に2,3度は大牟田から中洲に通っていた吉田さん。
宿泊は必ずホテルニューオータニだった。
地下のバーに60度を越えるスコッチとバーボンをキープしていて、これを飲んでから中洲に出かける。
中洲には、30年以上も付き合ってきた女性と店があった。
オレも吉田さんと食事をすると必ず連れて行かれた店だった。
11月のことだ。
吉田さんが「30年以上も付き合ってきたけど、別れようと思う」と、オレに告白したことがあった。
中洲でカラオケスナックを開いている女性。
30年以上前、彼女が妊娠、しかし、彼女を妊娠させた男性は彼女のそばから逃げてしまう。
そこで知り合ったのが吉田さんだったそうだ。
話を聞かされた吉田さんは、彼女に出産を進め、二人の交際が始まったと聞いた。
オレが、その店に連れて行かれるようになった頃には、ママの態度は、吉田さんの愛人という感じはしなかった。
そのスナックで、吉田さんは別れの歌を涙して歌ってもいた。
「知り合ってから毎月30万円以上払ってきた。子供も立派に育った。店の売り上げが少なければ、店にも多く通った」とも聞いた。
こんなことバラしていいのかとも思うが、そのママに未練を持っていた吉田さんを哀れに思ったこともあった。
「石川さんのように、私みたいな老人を相手してくれる人はいないよ。知り合えてよかった。これからも福岡に来たら時間を作ってよ。私ホントに石川さんが好きだ」と言ってくれた人だった。
吉永小百合さんに似た母の写真を持ち歩き自慢していた吉田さん。
薩摩藩士の行列に乱入したイギリス人を殺傷した「生麦事件」の主役や桜田門外の変の薩摩藩士は吉田さんの親戚だったとも言っていた。
3年前、中州のママさんたちが、吉田さんの「中州で遊んで50年」を祝ったそうだが、捨てられたママ意外は、悔いはない人生だったんだろうな。
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