この日のゲストは「横浜銀蝿」のリーダー・嵐さんだった。
1979年に不良が集まって結成され80年にデビューする。
「横須賀Baby 」
「ツッパリHigh School Rock'n Roll (登校編)」
「羯徒毘?薫'狼琉」
「ツッパリHigh School Rock'n Roll (試験編) 」
「お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラー」などの大ヒット曲を生んだ。
リーゼントの髪形にサングラス、ライダー革ジャン、白いドカン(ズボン)という独特の服装。
「ツッパリ」「暴走族」といった当時の時代風潮に乗り一気に若者の人気を獲得したが、たった3年間の活動で解散する。
「不良は長続きしないんですよ」と嵐さんは、笑っていたが、デビューのときに3つ掲げた願いを簡単にクリアしたことだった。
「曲がベスト1位」
「コンサート」
「人気歌番組出演」だった。
「その後待ってくれている人たちのために、15年ぶり再結成しました。今でもライブ活動は続けています」という嵐さんは、4月17日に神奈川・横浜の新横浜ニューサイドビーチで「リーダー嵐還暦祝いLIVE」を開く。
今では元気になった嵐さんだが、大病の経験もある。
04年、突然の脳梗塞。
「朝起きたら、周りのものがぐるぐる巡っている。あれ、と思っているうちに治ったんです。夜の飲みに行った先で、いつのもメンバーと飲んでいて、朝の話をしたら“それは大変。見てあげるよ”と声を掛けてくれた仲間がいた。医者だったんです。それまで知らなかった。そして、翌日、紹介状を書いてもらって。そしたら、まためまいがして、今度は分からなくなった」と、当時の思いを生々しく話してくれた。
小脳に出た脳梗塞。
開頭手術を受けることになった。
リハビリを続け、ドラムを叩けるまでに回復した。
「まだですね。中学のときよりもヘタになっている。自分で分かるのが悔しい。でも、秋までには新しいアルバムを出します」と言った言葉は力強かった。
脳梗塞から起ちあがった嵐さんのライブを観たいな。
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