久しぶりに歌手・半田浩二さんに会った。
8月に新曲「雨宿り」が発売されて、オレのラジオ番組にゲスト出演してもらった。
千葉・野田の出身で、オレの住む柏と近いから、どこか町内会のような気がする相手だ。
作曲家・中山大三郎さんの内弟子になって4年目の88年に「済州(チェジュ)エアポート」でデビュー。
この歌で、いきなりスター歌手の仲間入りになれた。
「若かったから生意気だったんです。中山先生に“いつ出してくれるんですか?”とばかりせっついていたんですから」と、当時を思い出していた。
中山さんは、半田さんに2万円を渡し「お前の歌で一人でも涙を流してくれる人がいたら出してやる。スナックに行って歌って来い」と、言われた。
「スナックを廻りましたが、オレの歌で、泣いてくれる人なんかいませんでしたよ。当時、先生は独身だったので、毎日、先生の自宅で掃除、洗濯、運転手」と言う無収入の生活が続いた。
そんな中、中山さんが「人と付き合うには、ゴルフぐらい出来なきゃ」と、進められたゴルフ。
「意地でも上手になってやる」と、昼間の空き時間に練習場に通った。
金がないから、深夜にゴルフ練習場のボール拾いを条件に無料で練習を続けた。
「10月から、新曲がBGMになるという条件で、ゴルフ番組を担当することになりました。プロを目指す若手とガチンコ勝負です。すでに1階もね収録は済みましたが、そのときの相手が、6日に最終日を迎えた『ゴルフ5レディス』で、6アンダーでアマチュアNO1になった稲見萌峯さん。ボロボロに負けました」と、悔しそうだったが、ハンデは3の腕前だ。
昨年2月、師匠・北島三郎さんの北島事務所を卒業した同期の歌手・小金沢昇司さんと「ジャパンドリームを」と、事務所を立ち上げた。
「デビュー曲がヒットして、毎年のように『済州島に行って、済州エアポートを聞こう』とファンと行っていた済州島の直行便が無くなってしまう。今年の6月が最後になったかも」と話したツアーもマーズで、大勢のファンのキャンセルがでてしまったそうだ。
「2年後には、省ちゃんと30周年を華やかに開きたいな」と言う顔が、嬉しそうだった。
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