久しぶりに東京・九段下の「寿白」に行くことになった。
オーナーの戸張太啓寿さんから声が掛かったからだ。
高級店だからなかなか足が向かないのが実情。
元々は、戸張さんから「久しぶりに飲まない」という連絡が来て「銀座で会いましょう」という話になっていた。
何処に行こうか迷っていたら、戸張さんから「家でいい?安くするから」と。安くしていただいても高い店なのは分かっている。
「今日はお客さんが少ないんだよ」と、戸張さん。
戸張さんの息子さんで、「寿白」「すし政」の社長も含めて5人での会食。
なかなか豪華な食事会になった。
九段下から、地下鉄で柏に向かう。大手町で千代田線に乗り換えようとしたときに大手出版社の友人から電話が入った。
「何処ですか。すぐに会いたいんですが」と、一方的な連絡。
「もう帰るからだめ」と答えたが、何処までも来ると言う。
しかたなく、東京駅の線路下の居酒屋で飲むことにした。
地震で地下鉄が止まらなかったら、千代田線に乗り換えていた。
だいぶ酒が入った編集者が到着。
すぐに、ラストオーダーの時間になった。
彼は、大手出版社から、その会社の子会社に出向することになったようだ。
その話をしたくて今日中にという話だったのかと思ったが、話の本筋は全く違った。
「石川さんの芸能記者生活を本にしませんか」という依頼だった。
オレは一度も本を出したことが無い。
リポーターの皆さんで本を出版している方は多い。
梨元勝さんも前田忠明さんも福岡翼さんも出版している。
オレにも全く出版の話が来たことが無かったわけじゃない。
小さな出版社数社からは申し込みも来ていた。
なぜ受けなかったのか。
まず、最初に「売れない」と思ったここと。
そして、オレは運だけで生きてきたと言う自負がある。
そんな運だけで生きてきたオレの話なんか面白いはずが無いというのが理由だった。
そのオレの本を出したいという。
そして、その子会社の社長の同級生が、オレの友人のレインボータウンFMの小嶋映治社長。
で、その時間に彼が、明子夫人と銀座で飲んでいた。
オレたちふたりも銀座で合流。
そこから話の流れが変わってしまう。
飲みに行ったカウンターだけの小さな店で、編集者と他の客がもめる事になった。
これが一大事。
結果大騒ぎになって解散することになるが「石川さんが墓場に持っていける本にしますよ。売れるとか売れないとかは考えないで下さいよ。PRだけは、ちゃんとしますから」という編集者の話は、飲んだことになっているけど、本音を言えば、出したくないね。
そのくらオレの人生はいつまらないものだからな。
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