石原裕次郎さんが映画制作会社として07年に作った「石原プロモーション」が、スリム化されることになった。
24年間、社長を続けてきた裕次郎さんが亡くなり、俳優の渡哲也さんが引継ぎ24年間社長を務めてきた。
映画制作会社ということで、多くのスタッフを抱えて仕事を続けてきたが、制作費のコストダウンや人件費に タレント事務所の方向転換せざるを得ない状況が生まれた。
というよりも、ここまで長く続いてきたことのほうが不思議だった。
北海道・小樽にある「裕次郎記念館」の収益が、石原プロを支えているといわれたこともあった。
何年映画を作っていないのだろうか。
CMの制作はあったが・・。
でも、映画制作スタッフはいた。
人件費は馬鹿にならない。
そこで生まれたのが今回の決断だ。
石原まき子代表取締役会長を除き、渡社長、舘ひろしさん、神田正輝さんら、番頭・小政といわれ、数々のイベントを仕切ってきた小林正彦専務が役員を辞任。
6月末で、スタッフ全員の退社を。
もちろん退職金は支払われる。
そして、7月1日に一部社員を再雇用し再スタートを切ることにした。
渡さんらは所属タレントに。
映画製作会社からタレントマネージメント会社に大きく変わることになる。
大物スターを抱えた芸能事務所としては安泰路線。
映画「太平洋ひとりぼっち」「黒部の太陽」「栄光への5000キロ」など話題映画を制作し続けてきたこともあったが、73年の「ゴキブリ刑事」以来映画は無い。
ドラマも「大都会シリーズ」「西部警察シリーズ」など長期シリーズ」もあったが、84年以降は、単発か長くても1年間だけというもの。
映画スタッフを抱え製作部門は、完全に破綻していたのだ。
だから、数年前から解散の噂が消えることが無かった。
裕次郎さんの映画に掛けた情熱を裕次郎さん亡き後、四半世紀も続けてこられたのは「石原プロ」を支えてきた渡さんらの男気だった。
裕次郎さんが作ったときと時代が違うもの。
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