友人で元ラジオディレクターの古田和広さんが危篤になってしまった。
約4年前に肺がんが見つかり闘病生活を余儀なくされていた。
「転移もしていないし、大きくなってもいない」と、話していたこともあり、彼が大好きな伊豆七島・新島に一緒に行ったこともあった。
昨年夏の新島での釣は、誰よりも大きな声ではしゃいでいた。
残念ながら、今年の新島には行くことができなかったが「体調が良くなったら、連れて行ってくださいよ」と、約束していた。
彼の容体が大きく変わったのは16日だったそうだ。
オレが病院に行った17日には、すでに口がきけない状況だった。
あっという間に骨にも転移していたらしい。
19日再び病院に行ったが、病気と戦っている古田さんを見るのが忍びなかった。
オレが彼を知るきっかけになったのは、主婦と生活社「週刊女性」にいた斉藤魯一さんという先輩だった。
ふたりは腐れ縁のような関係で、斉藤さんが困ったときには、古田さんの自宅に居候したこともあったらしい。
約25年ぐらい前。
オレがテレビのリポーターに転身した頃に、古田さんから、ラジオ番組の司会の話が持ち込まれた。
ラジオ日本「敏と千里の祭囃子が聞こえる」と言うタイトルだったと思う。
その後、数々の番組を一緒にするようになったが、人がい古田さんは、ラジオのスポンサーに逃げられては困るという状況が続いていたね。
知り合う前の古田さんが、どんなに豊かなディレクター生活を続けていたかは知らないが、オレが知ってからは不幸の連続だったね。
「人間生まれてか らの一生は平等だ」と思っていたが、古田さんを見ていると、不公平だなと、つくづく感じたもの。
病気に苦しむ古田さんが気の毒だ。
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