女形として人間国宝で文化功労者だった歌舞伎俳優・中村芝翫さん(享年83)が、肝不全のためにお亡くなりになったのは10月10日午前0時50分だった。
5歳で中村児太郎として初舞台、67年に七代目芝翫を襲名した。
歌舞伎俳優・中村福助さんや橋之助(46)さんの父で、競馬通でも知られていた。
東京・大井競馬場でお会いしたこともあったが、一番の想い出は、次男・橋之助さんが、女優・三田寛子さん(45)とお付き合いしているときだった。
「結婚が近い」と、歌舞伎関係者から聞いていたオレは、歌舞伎座の楽屋で芝翫さんを直撃することにした。
楽屋口からでてきた芝翫さんに質問をぶつけた。
無言で歩き出した芝翫さんさんは、歌舞伎座から有楽町方面に歩き出した。
同じ質問を繰り返しながらいくつの信号を超えたのだろうか。
銀座4丁目の交差点も越えていた。
こちらも答えてもらおうと必死だった。
結果、何も答えてもらえないまま取材は終わった。
芝翫さんとオレのツーショットだけが撮影された。
「結婚が決まった」という確証を持っていたオレは、なんとしても認めてもらいたかったからだ。
しかし、そのVTRは、日の目を観ることが出来なかった。
相手は人間国宝。
局にクレームが入ったためだ。
何処からのクレームか知らないが、おそらく松竹だったのだろう。
その後、二人の婚約会見が開かれることになった。
たしかに、あの時は必要以上に疾呼買ったことは覚えている。
芝翫さんの「君は、ひつっこいね」という目をされたことも覚えている。
あれから約20年。
橋之助さんと三田寛子さんは、15歳の国生くん、13歳の宗生くん、10歳の宜生くんの3人の男の子に恵まれている。
そして、芝翫さんの最期を看取ったのも寛子夫人で「お嫁に来て20年間、愛情を持って育てていただいたのに、こんな出来損ないの嫁で申し訳ないです」と、義父の死に号泣していた。
芝翫さんのご冥福尾お祈りします。
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