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オレのラジオ「石川敏男の勝手に演歌応援団長」のゲストは、同じ年の宮路オサムさん。
コミックバンド、殿様キングスの一員として74年に発売した「なみだの操」が大ヒット。
歌手・宮路オサムの誕生だった。
順風満帆だった彼を病魔が襲った。胃に穴が開いてしまったのだ。
大酒飲みで、後輩から「先輩どこで飲んでいますか?すぐに行っていいですか」と言われることがステータスだと思っていた宮路さんは、1年365日飲み続けた付けだった。

「おもにビールでしたが、とにかくよく飲んだ。先輩の勝新太郎さん、水原弘さんらを見て育った俺らは、稼いだら後輩のおごるもと思っていましたからね」と、胃を3分の2も切ってしまうことになる。
「酒をやめようと思ったこともありましたが、先生に見てもらうと、良くなってますよ。お酒も少しなら、と言われて。次に行ったらまた良くなってますよ、と。胃を切っているから食べないで飲むだけでしたね」。

それがたたって、06年には、すい臓が溶けてしまう病気になってしまった。
「だるいんだけど原因が分からない。背中に鉄板が入っているような感じもする。いろんな病院に行ったけど分からなかった。あまり苦しくて、カミさんの運転で行った病院に行きました」と言った宮路さんだが、翌日のNHKの生放送には出演したかったそうだ。「明日、出演してから来ます」と医師に話したら、拒否されて緊急入院。30分後には意識不明になっていたと言うからギリギリだったんだろうな。

すい臓が半分無いという宮路さんは、さすがに酒をやめた。
「大きな病気をして人生観が変わりましたね。見えないものも見えるようになりましたから」と言った宮路さんの顔が、ホントにやさしく見えたよ。
これからも身体を大切にいい歌を歌って欲しいな。
2010/10/20(水) 10:53 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
忙しい一日になったね。
さすがに約束していた町内会の運動会には出られなかった。
親友の作曲家・朝月広臣さんが、亡くなって1年。彼が東京・荻窪で25年間も続けてきた「朝月広臣歌謡教室」の発表会を、生徒さんの応援と希望で、26回目を夫人の千夏さんが引き継ぐ形で、26回目の「発表会」が、杉並勤労福祉会館で開かれた。
タイトルは「朝月千夏歌謡教室発表会」。

これを一番喜んでいるのが、朝月さんじゃないのかな。
都はるみさんと結婚して、六本木のクラブママさんと結婚して、3度目の正直で結婚したのが千夏さんだった。すい臓がんが見つかり、手術して「余命半年」と言われた朝月さんが3年半も生きてこられた影には、千夏さんと弟子の歌手・野上こうじさんの献身的な努力があったからだよ。

その千夏さんの初めての発表会は、欠席するわけにはいかない。
神戸に3時半までには行かないといけない取材。千夏さんの会は始まりが12時だ。かなり難しい時間だ。大阪の番組「す・またん」のスタッフに無理を言って、2時の飛行機にしてもらったが、それでも、会館を12時半には飛び出さなきゃ間に合わない。

綱渡りのような状況だったが、神戸国際会館に着いたのが3時40分。
ギリギリ間に合ってセーフ。
SKE48のツアー最終ステージに、NMB48の5人のメンバーが乗るという取材だった。
みんな、オレの子供と言うより孫みたいな存在かな。
この子達も半年後には、スターになってファンを沸かすことになるんだろうな。
2010/10/20(水) 10:49 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
半年振りの「びんチャン会」は、晴れ男のオレがいるから、この秋最高の秋晴れだったね。
参加者は37名。
元妻の体調不良で、ふたりの子供を世話しないといけなくなった幹事の阿部光利さんは不参加だったが、表彰式には来てくれて、商品の管理と司会を担当してくれた。

この日のオレのスコアもメタメタで、一緒にプレーした大手銀行員の女性、M・Mさんにグロスで10打も負けてしまった。結果31位。オレの前後賞の人は嬉しかったと思うけど、もう少し頑張らなきゃね。

それにしても回を重ねて13回。
来年の4月16日には第14回を開くことも決まった。
そして、ゴルフには出場しなかったが、パーティーに参加してくれた阿部さんには感謝だった。その阿部さんは、いま新しい恋をしているんだ。ふたりのお子さんとも会っているそうだし、懐いていると言う。離婚しても、週末はふたりの子供を週代わりで世話をしている阿部さん。2年前、このふたりの子供たちも含めて伊豆七島の新島に行ったとき、オレが「来年は、お母さんも入れて4人で来ればいいよ」といったら、お兄ちゃんが「無理、無理。だってお母さん、お父さんのこと嫌いだもの。また3人で来たい」と、ストレートに言葉が、返ってきたことがあってビックリした。子育ては別にして、それだけ気持ちが離れてしまっていたんだね。

で、新しい彼女だけど、とても綺麗な人なんだ。
彼女もゴルフをするというから、来年は、夫人同伴ということになるのかな。
その前に、みんなでお祝いのパーティーをしてあげようと思っているんだ。
2010/10/20(水) 10:46 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
東京・日本橋の三越劇場で10月花形新派公演「滝の白糸」を観た。
市川猿之助さんの「おもだかや」の歌舞伎俳優、市川春猿さん、市川猿弥さん、市川笑三郎さんらが出演していたから、藤間紫さんの息子さんで「おもだかや」の社長・藤間文彦さんにチケットを取っていただいた。

このお芝居は、水芸の太夫と法律家を目指す大学生の恋物語。
舞台の上での水芸に興味を持ったね。トリックになっているんだが、これ仕組みがよく分からない。教えて欲しいと思って、水芸のシーンに出演している女優の松原美穂さんに聞いたが「企業秘密」と言われてしまった。内緒だって。

幼いころから歌舞伎に興味を持っていた春猿は、高校を一ヶ月で退学し、国立劇場歌舞伎俳優研修生になり、猿之助さんの門下生になった。世襲じゃない歌舞伎役者だ。春猿は「白糸という役は常々いつか勉強させていただきたいと思っていたお役でしたので、本当にありがたく思っています。全場面に出るのですが、各場にそれぞれいいシーンがあって、女性が持っている様々な心の揺れが具現化されています。ですから女性には非常に共感していただける作品だと思っています。個人的には、水芸の場面や卯辰橋で髪をほどいて結い直す場面など、白糸が日常当たり前にやっている所作が、観ているととても素敵なのですがさりげなくやらなければならないところが難しいです。そういう技術的な面での不安はありますが、それも見どころの一つだと思ってしっかり演じています」と。

努力次第で一般人からでも花のある女形になれるという典型的な歌舞伎役者だ。
公演は26日まで。
2010/10/20(水) 10:42 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
いよいよ明日に迫った「ビンちゃん会ゴルフコンペ」。

明日の千葉・八千代ゴルフコースは、秋の快晴だそうだ。

「最終的なメンバーは39人だ」と幹事で友人の村田陽一さんから連絡が入った。

商品の買出しも村田さんに任せ、彼の奮闘でいよいよ明日を迎える。

で、一番心配なのが、村田夫人で女優の生田悦子さんの体調が悪いことだ。

いつのころからか、めまいの日々が続き、それがだんだん激しくなっているらしい。

病院で検査しても原因がつかめなかったらしいが、最近、大病院で受けた精密検査で、原因らしきものがつかめてきたという。

MRIや血液検査、脳波など調べたら、三半規管が弱くなってるということらしい。

珍しい病気なのか。治療法は、寝返りを打ったり、回転したりしてなれるよりしょうがないそうだ。

オレが、医者から聞いたわけじゃないが、村田さんに言わせれば「もう少し行動することが必要らしい」という。

たしかに、最近の生田さんは、外に出ることを極端に嫌っていたからな。

で、オレが「エスパー伊藤みたいに、立てたバットに頭を乗せて、ぐるぐる回ればいいんじゃない」といったら、村田さんに怒られた。

「そんなことしたら、病気がもっとひどくなる」と。

悦ちゃんを、外に引っ張り出すことを考えてあげよう。

明日、参加の皆さん、車の運転、気をつけて。

そして、会費は、秋のG1シリーズ第2弾「秋華賞」で取り戻しましょう。

前哨戦の「ローズS」で1番人気を裏切ったアパパネで大丈夫だよ。

人気になるが、前走を叩き台にしてしまったからね。

連は外さない。

相手もアグネスワルツ、オウケンサクラ、アプリコットフィズなど。

サンテミリオン、レインボーダリアは、当日の気配から。これから日本橋三越劇場だ。

10月花形新派公演、市川春猿の「滝の白糸」の観賞だ。

派手な舞台になってるんだろうな。たのしみ。
2010/10/15(金) 11:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「あれ、今週出ていました?」と、聞かれることが多くなったので、書くことにした。

オレは9月いっぱいで「情報番組 ミヤネ屋」を降板しているんだ(させられて)。

チーフプロデューサーが移動したこと?オレが年をとったこと?使いづらかったこと?理由は分からないが、「後輩に道を譲って欲しい」「プロデューサーが代わ ったから」と、告げられた。

プロデューサーが決めたことだから、そうなんだと言う感想しかなかった。

おもえば、オレが、日本テレビ系のワイドショーを担当することになって22年半経っていた。

一度も、日テレ系以外のワイドショーにでたことが無かったね。

特に、午後のワイドショーは、オレの時間だと思っていた。

日テレが、1年間だけ、午後のワイドショーを作らなかった時代もあったが、その間も、日テレは、オレにギャラを支払い続けてくれた。

「またワイドショーを作るから、それまで待ってくれ」と言うのが、理由だった。

約束どおり、次の年には「ザ・ワイド」がスターとした。

そして芸能デスクとして、復活した。

そんな義理もあり、日本テレビ以外は考えていなかった。

これも、さほど能力の無いオレを、使い続けてくれたスタッフへの感謝の思いだったね。

週刊誌の編集記者よりもリポーターとしても時代が長くなったのも事実だ。

「おもいっきりテレビ“うわさのうわさ”」のコーナーから始まり、「芸能スクランブル」「スクランブル3」「キャッチ」「ザ・ ワイド」と続いてきて、半年のブランクで「ミヤネ屋」が全国放送になった。

週刊誌時代は、タレント事務所とトラブルもあったが、リポーターになってからは、記憶に無いから、トラブルにはなっていない。

先に放送してしまって、謝りに行ったことはあったけどね。

で、降板させられたからといってオレはリポーターをやめたわ けじゃないですから。

いまでも、読売テレビの「す・またん」と言う番組に出演してるし、東京スカイツリーが完成したら、そこで放送が出来ることが決まっているコミュニティFM、大江戸放送局・レインボータウンFMの「石川敏男の勝手に演歌応援団長」は続いていく。

ネットで芸能ニュースも配信できるし、週刊女性の「敏ちゃんの あの日 このとき」の連載もある。

「演歌を」「歌謡曲を」と、思ってるオレは、これからも歌謡曲を大切にしていきたい。
2010/10/15(金) 11:03 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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