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東京・錦糸町にあった「寿司てつ」で、よくお会いした元大鵬親方の納谷幸喜さんのお焼香に、清澄白河にある大鵬道場・大嶽部屋にお邪魔した。

オレが現在の大嶽親方の東京後援会「大竜会」(小嶋英治会長)の顧問をしている関係もあってお邪魔することになった。

小嶋さんと時間を約束して部屋にお邪魔したが、ちょうど、「ミヤネ屋」の中山リポーターが、取材に来ていた。

中山くんは、オレの顔を見て「何で?」と言う顔をしていたのが印象的だったね。

大嶽親方が両国国技館から帰ってきたときと同じ時間。

中山くんに、親方の取材を交渉してあげようとしたら「取材は終わりました。大丈夫ですよ」と。

稽古場に安置されていた納屋さんの顔は、安らかで、オレが寿司屋でよくお会いしていた頃の温厚で優しそうなお顔していたね。

三女の美絵子さんが、弔問客にご挨拶していた。

芳子さんの姿を見ることはなかったが、大砂嵐ら弟子たちが、客の下足番を担当してくれていた。

この日の朝、大阪読売テレビで、元大鵬親方の訃報を報じる中で、本場所中の稽古をどうするか、大嶽親方に電話を入れた。

午前5時30分。

「稽古場の上がり座敷に安置されて、土俵は半分になっていますが、全員で7時から四股を踏みますよ」と、回答を頂いた。

当然、朝からすいませんと言う会話になる。

大嶽親方は「いい目覚ましになりました」なんて、大鵬親方のご遺体の前で、大嶽親方、親方夫人、元貴闘力夫人の美絵子さんと、会話が続いた。

この日の弟子たち8人の成績の話になったとき、いつもは温厚な大嶽親方が怒りだした。

「信じられないよ。全員が負けた。何考えてるんだ」と。

全勝中で、いち早く十両に上がりそうな大砂嵐まで負けたという。

「相手がいることだけど、全員が負けるなんて」と言った大嶽親方が悔しそうだったな。

通夜は30日午後6時から。

葬儀告別式は31日午前10時から東京の青山斎場で行われる。

日本相撲協会葬に成らないのが不思議だ。
2013/01/22(火) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
レインボータウンFMのオープンスタジオにいると、季節感が生まれるんだ。

深川ギャザリアの花々が教えてくれるということもあるが、一番は、日照時間だ。

番組が始まるのが午後5時。

日が短いときは、始まる前から真っ暗な世界。

12月に入った頃。

そして、この時期になると、番組の始まる5時には、まだ明るい。

真夏は、スタジオ前のビルに当たる夕日が、まぶしく、番組が終了するまで明るさが続く。

オレは、この時期が大好きだ。

で、この日のゲストはこおり健太くん。

新曲「片瀬川」で頑張っているデビュー5年目の歌手だ。

同じレインボーで、金曜日の午前10時から、オレの友人・野上こうじくんと番組を持っている。

野上くんも歌手で、新曲は「すべてに感謝」。

こおりくんは、福島の亘理郡で生まれた。

東日本大震災の被災地だ。

多くの知り合いを亡くした。

「実家は、高台にあって。父は仙台に出かけていて助かり、母は、地震が凄かったので、慌てて自宅を見に帰ったそうです。危機一髪。建物が、バチバチ音を立てて流れれしまうのを目撃したそうです。僕は東京にいて難を逃れましたが、知り合いが悲しい目にあって」と、振り返った。

歌が好きで歌手を目指した高校時代。

カラオケ大会にも多く参加した。

しかし、歌手の道は開けず、短大で保育士の勉強を続けた。

卒業後、子供が好きだったこともあり保育園に務める。

幼稚園教諭二種免許と保育士の資格を持つ。

「3年8ヶ月、務めましたが、歌手の夢はあきらめられずに単身で上京して」。

レッスンを重ねて08年に「口紅哀歌」で、歌手でビュー。

1月27日には、宮城・松島で、バースディー&ファンの集いを開く。
2013/01/22(火) 11:02 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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