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自宅に帰ったのは午前1時半。

カミさんが「ここに座って」と言った。昔は何度もあったが、ここ数十年は無い。

何事かと思ったね。

「今日、年末ジャンボの宝くじを調べに行ったの。これがそれ」と、今日の出来事の報告だ。

目の前には1枚の宝くじ。

「窓口の人に、ホントに小さな声で『高額当選です』と言われ、急にドキドキして。後ろには人がいたから聞こえないように小さな声で伝えてくれたんだと思った」と、言い出した。

ホントかよ。

「ここでは換金が出来ませんから銀行で。おめでとうございます」とも言われたそうだ。

我が家は築13年だが、また新しい家が建てられる。

とっさにそう思ったね。

カミさんは「これをもって離婚しよう」と、思ったそうだ。

誰だって期待する。

しかし、その当選金は、なんと10万円。

10万円の当選で、小さな声で「おめでとうございます。高額当選です」って言うかよ。

たしかに高額には違いないけど、オレは、毎回3万円ぐらい買うから3回分の配当だ。

深夜に一瞬、夢を見て、あの宝くじ、朝起きたら1億円になってないかな、と思って寝たけど、現実は10万円。

当たることが分かったから、諦めずに、これからも買い続けよう。
2013/01/31(木) 11:35 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
福岡からの帰り、飛行機を降り携帯の電源を入れたら、数多くのメッセージが入っていた。

返そうと思った瞬間に携帯がなった。

元歌手の藤川純一さんだった。

巨人軍の応援歌「闘魂こめて!」を最初に歌った歌手だ。

彼の自慢は、昔の後楽園球場のマウンドの上で、長嶋茂雄さん、王貞治さん、張本勲さんと撮ったレコードのジャケットだ。

で、西日暮里の居酒屋にいるという。

福岡空港のANAのラウンジで一杯。

飛行機の中で赤ワインと芋焼酎を2杯飲んでいたオレは、飲みたい雰囲気だった。

その誘いに乗って西日暮里に向かった。

入ってビックリ。

浅草の芸人仲間が8人もいた。

相撲形態模写のパーラー吉松さんや漫才のにやん子さん、永山洋子さん、瀬川瑛子さんらの司会をしている中村さんらが賑やか
に飲んでいた。

オレも加わって話が交差する。

うるさいうるさい。

周囲の客のことなどお構いなし芸能ニュースのオンパレード。

ホントに盛り上がった夜だったね。
2013/01/31(木) 11:33 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
自殺者を出してしまった体罰問題は、いま始まったことじゃないが、止まらないよ。

相撲で、指導という名の元に行われたいじめ体罰で、亡くなった力士もいた。

あのときに、もっと、スポーツ教育の問題として取り上げていれば、自殺者だって、柔道のオリンピック選手も絡んだ体罰問題も起こらなかっただろう。

いま、日本中で行われているスポーツ育成の現場で、体罰が行われてこなかったことはないだろ。

ことの大小はあるにしても、体罰が選手を育てるという環境だったことだけは事実だ。

「体罰から逃げ出す子は弱いから」という風潮もあった。

だから、押さえつけて体罰を加える。

全国制覇を目指す高校のスポーツ部で、体罰のなかった高校を探すほうが難しい。

日本全国の中学、高校で、生徒に「体罰があったかどうか?」「どんな体罰だったか?」のアンケートを取って、データにしたら、ほとんどの中学・高校からスポーツ部が消えてしまう。

体罰で、登校拒否の生徒を指導することを“良し”とした時代もあった。

「あれは、親が施設にお願いしたから」ということで「親が認めればいいのか」という問題もある。

背景には、人権が守られる時代ということもあるだろうが、この線引きが難しい体罰問題は、スポーツ選手の優劣を無くさない限り、終わることは無いのだろうな。
2013/01/30(水) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
友人で「上野・浅草・隅田川」を歌う紀藤ひろしさんが、声帯ポリープの除去手術で入院した。

ポリープが出来たと報告があったときは「良かったね。歌手だったんだ。ずっとマネージャーだと思ってたから。歌手が証明できたね」と、揶揄していたが、本人は「喉頭ガンかも知れない」と、かなり真剣だったことを思い出す。

紀藤さんは「手術して帰れなくなったら」と、入院1日前に、仲間を集めて飲み会まで開いた。

オレは、福岡行きのスケジュールで行けなかったが、大いに盛り上がったらしい。

翌々日(25)手術。稲田洋くんが、手術の同意書と立会い確認書にサインをして、手術にも立ち会ったそうだ。

「紀藤さんから呼ばれて“一つ忘れていたんだ。これにサインして”と、差し出された書類をよく読んだら、手術立会い書。書かされることになったんですよ」と。

オレも28日に、花を持って病院を訪ねた。

彼は応接スペースで、演歌雑誌を読んでいた。

明るく向かいいれてくれた。

しゃべれない彼は筆談だ。

オレの質問に答えてくれるが、字が下手でよく読めない。

分かったことは「8日に退院」「声が出せるようになるのは2月中旬」「新曲のレコーディングは3月中旬」「3月17日に新曲発売のパーティーを開く。出席して欲しい」「2月8日に元ザ・タイガースの瞳みのるさんのライブがあるから行って」「見舞いには誰と誰と誰が来てくれた」「メールも来たし、メールした」という報告だ。

「単なる声帯ポリープが出来ただけじゃないの?」と聞いたら「そうみたい」だって。

仲間みんなに心配かけて。

でも、たいしたことじゃなくって良かったよ。
2013/01/29(火) 14:49 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
この日のゲストは、北島ファミリーの山口ひろみちゃん。

大阪の芸能一家に生まれた。

父は、漫談家、母は漫才師、祖父母は浪曲と民謡と漫才をしていたというから根っからの芸能一家だ。

「血ですかね。ついつい歌よりも笑いを獲りに行ってしまうところがあるんです。歌手だから必用がないのに(笑)。期待されてると思っちゃうし」という、彼女のトークは面白い。

立命館大学卒業というインテリジェンスが、彼女の会話を豊かにしているのだろう。

在学中に北島三郎さんの弟子になった。

デビュー出来たのは2002年の「いぶし銀」。

27歳になる直前、遅いデビューだった。

それから12年、新曲「希み里」の売り上げが好調だ。

番組の最後に、新曲にちなんだ「あなたの“希”を叶えます」キャンペーンの締め切りが迫っているという告知をするのを忘れてしまった。

オレは、ひろみちゃんの歌の中で「望み里」の次に好きなのは関口照幸さん作詞、徳久広司さん作曲の「三陸風みなと」だ。

三陸を舞台に愛に疲れた悲しい女心を歌った歌で2010年9月に発売された。

しかし、キャンペーンを続ける2011年3月11日に未曾有の大事故が起こる。

東日本大震災だ。

ひろみちゃんは悩みことになる。

歌詞に「駅まで下れば 海峡が ここまで迫って 来るようで」というフレーズがあったからだ。

彼女は、この歌を封印することにした。

彼女にとっては女川、釜石は歌詞にもありキャンペーンをした場所でもある。

多くの知り合いも出来た。

当然、被災地の復興支援に参加するようになった。

そして、いまは、歌えるようにまでになった。

山本譲二さんの「みちのく一人旅」もそうだが、歌詞に「ここで一緒に しねたらいいと」「たとえどんなに流れても」というフレーズがあって、譲二さんも自粛したことがあったが、復興支援に行った先で、ファンが「みちのく・・」を歌う姿を見て彼自身が「勇気をもらった」と、歌うことを決めたというケースもあるからね。

歌は、力だし、勇気だし、和だよね。
2013/01/29(火) 11:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
1月30日31日に東京・青山葬儀所で行われる昭和の大横綱・大鵬の納谷幸喜さんの通夜・葬儀告別式の内容が決まった。

喪主は芳子夫人、葬儀委員長は日本相撲協会の北の海理事長、副委員長は山崎孝明区長。

大鵬さんは、江東区の名誉区民だった。

ここまで来るには、紆余曲折があったようだが、とりあえず無難なところに収まった感じだね。

これで一件落着になれば問題はないが、この続きが少し心配。

大鵬さんの名誉のためにも続きがないことを祈るよ。
2013/01/29(火) 11:05 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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