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岡田茂さんが、肺炎で、亡くなった
東映の名誉会長・岡田茂さんが肺炎で亡くなったのは5月9日だった。
豪快な人だった。
誰にでも気さくに声をかけていたのが印象に残っている。
オレが松竹の宣伝マンだった時代に、銀座に「おそめ」というバーがあった。
京都で芸者をしていた女性が開いた店で、東映京都の人が中心で、松竹の太秦の人や映画関係者でにぎわっていた。
東映のやくざ映画の企画マンでプロデューサーだった俊藤浩滋さん(享年84)の愛人と言われた人の店だった。
俊藤さんは、女優・富司純子(藤純子)さんの父。
ここで、岡田さんと俊藤さんが出会う。
意気投合し、映画の企画を話し合い、俊藤さんが東映のプロデューサーになることになったと店に連れて行かれた先輩に聞いた。
会社は違ったが、先輩にも岡田さんは気楽に話しかける人だったね。
映画を愛し、役者が好きで、いつも映画の話をしていた。
高校生だった富司さんが、父親におねだりにこの店に来て、岡田さんに見初められ女優になったとも。
ふたりはよきライバルで、良く喧嘩もしていた。
10年前に俊藤さんが亡くなり、寂しかったと思うね。
斜陽産業といわれた映画界で、いち早く立ち直らせた手腕。
映画企画力。
世界に名を馳せた「東映のやくざ映画」は、岡田さんと俊藤さんが作り上げたものだったね。
お通夜で、富司さんが「(岡田さんのと父が)ケンカしながらふたりで、みんながビックリするような映画を作ると思います」と話していたことが印象に残った。
映画を愛し、映画に生きた俳優や経営者やプロデューサーやスタッフらが次々にあの世に旅たってしまうのは、時代の流れなんだろうが、あの世には、裕次郎さんも勝新さん、三船敏郎さん、森繁さん、小林圭樹さん、ひばりさん、水谷八重子さんらがいるから松竹の大谷さんも大映の永田さんも日活の堀さんも東宝の小 林さんもみんなで映画作ってるのかな。
岡田さんも行ったしね。
みなさんに合掌だ。
2011/05/12(木)
13:28
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プライベート用のカラオケルーム
9階にプライベート用のカラオケルームを持つダンサーで不動産会社社長のTさんの東京・西日暮里のビルに。
10階はプライベートダンススタジオだ。
オレは、ダンスはしないからカラオケルーム。
お邪魔するのは3度目だが、カラオケボックスよりもはるかに高級感がある。
ビールサーバーも製氷機もある。
いないのは従業員だけで、オレたちがすればいい。
友人の村田陽一さんは、行きつけのカラオケスナック「ばあでぃ」が閉店して以来1ヵ月半歌っていないという。
こういう人と行ってはいけなかったかも。
とにかく歌う。
「マイクがいいね」といっては歌い。
「これ聞いてよ」といっては歌い。
「こんな歌もいいでしょ」と聞かせる。
歌いながらダンスして。
一人で大喜び。
オレは、酒さえあればいいから、まあいいか。
「また、来ようよ」だって。
2011/05/12(木)
12:20
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航空会社も、不景気の波に、呑込まれているのかな
航空会社も不景気の波に呑込まれているのかな。
定期便が、乗客不足で欠航に成ってしまう。
こんなことってアル?それも大会社だよ。
空港で、予定されていた便に乗ろうと思ったら、なんと欠航。
50分後の飛行機に乗ることになる。
これだって、空港に行かないと分からない。
前もって予約する人は分かるけど、飛び乗っていこうという人には迷惑な話だ。
伝わっていれば、頑張って、一つ前の飛行機に乗りたい。
こんなことに気が付いた今日この頃。
乗る前には、用心用心。
2011/05/12(木)
12:18
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「石原プロモーション」が、スリム化されることに、なった
石原裕次郎さんが映画制作会社として07年に作った「石原プロモーション」が、スリム化されることになった。
24年間、社長を続けてきた裕次郎さんが亡くなり、俳優の渡哲也さんが引継ぎ24年間社長を務めてきた。
映画制作会社ということで、多くのスタッフを抱えて仕事を続けてきたが、制作費のコストダウンや人件費に タレント事務所の方向転換せざるを得ない状況が生まれた。
というよりも、ここまで長く続いてきたことのほうが不思議だった。
北海道・小樽にある「裕次郎記念館」の収益が、石原プロを支えているといわれたこともあった。
何年映画を作っていないのだろうか。
CMの制作はあったが・・。
でも、映画制作スタッフはいた。
人件費は馬鹿にならない。
そこで生まれたのが今回の決断だ。
石原まき子代表取締役会長を除き、渡社長、舘ひろしさん、神田正輝さんら、番頭・小政といわれ、数々のイベントを仕切ってきた小林正彦専務が役員を辞任。
6月末で、スタッフ全員の退社を。
もちろん退職金は支払われる。
そして、7月1日に一部社員を再雇用し再スタートを切ることにした。
渡さんらは所属タレントに。
映画製作会社からタレントマネージメント会社に大きく変わることになる。
大物スターを抱えた芸能事務所としては安泰路線。
映画「太平洋ひとりぼっち」「黒部の太陽」「栄光への5000キロ」など話題映画を制作し続けてきたこともあったが、73年の「ゴキブリ刑事」以来映画は無い。
ドラマも「大都会シリーズ」「西部警察シリーズ」など長期シリーズ」もあったが、84年以降は、単発か長くても1年間だけというもの。
映画スタッフを抱え製作部門は、完全に破綻していたのだ。
だから、数年前から解散の噂が消えることが無かった。
裕次郎さんの映画に掛けた情熱を裕次郎さん亡き後、四半世紀も続けてこられたのは「石原プロ」を支えてきた渡さんらの男気だった。
裕次郎さんが作ったときと時代が違うもの。
2011/05/12(木)
12:17
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