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東京・西日暮里駅近くに「和楽」という居酒屋がある。

どんな店か外から覗いていたら、店の従業員に扉を開けられ「どうぞ」と、声をかけられてしまった。

この近所で6~7人で飲む約束をしていたから、座れるか?雰囲気は?値段は?なんて考えていただけだった。

待ち合わせの時間まで40分以上ある。

どこか決めなきゃいけない状況だったので、呼び込まれたついでに予約してしまった。

座れることが確認できたからだ。

それで、全員に連絡、この店で待ち合わせることにした。

メニュー的には「大粒岩牡蠣」というのがオレの目に入り「食べたい」と思ったことが大きかった。

数日前に、「岩牡蠣入荷」という看板に釣られて、店に入ったが「売り切れました」と言われたことがあったからかもね。

この店は、待ち合わせた皆さんに好評だった。

で、この話を聞いた友人の高橋敬一さんが「ここに行きたい」ということになって、改めて5人で行くことになった。

煮魚、焼き魚などから焼き鳥、谷中しょうがなど品数は多い店。

高橋さんにも好評だったけど、値段的にはどうだったんだろうかな。
2011/05/20(金) 11:11 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
36年間も続いているクイズ番組「パネルクイズ アタック25」で名司会ぶりを発揮していた俳優・児玉清さんが、16日午後0時28分胃がんで亡くなった。

77歳だった。

2月下旬に食欲がなくなり精密検査。

胃がんと診断されたが、すでに肝臓にも転移していた。

手術しても手遅れと判断され、抗がん剤治療を1回だけしたという。

番組を休むことになり、肝機能障害と発表されたが、すでにご本人には、胃がんだということが告げられていたという。

「父は、仕事復帰を目指して頑張っていました。『やり残した事がまだある』とも言ってました。父を尊敬してました」と、元俳優でモデルだった会社員の長男・北川大祐さんは言った。

医者は「もっと前から症状はあったと思いますよ。周りに迷惑を掛けたくないということで頑張っていらしたんじゃないかな」と言っていたが、3月に放送された番組では、異常に痩せていた。

9年前、ご自分のマネージャーを担当していた長女・奈央子さんを胃がんで亡くし、わが子に先立たれた辛さを「こんなに悲しいことはない」と、嘆いていた。

奈央子さんは4歳の長男を残し36歳で亡くなった。

その奈央子さんの元に旅たって行った。

読書家で、月に英語の本とドイツ語の本を読み、日本語の本を20冊読み続けてきたという。

学者になりたかった児玉さんらしいエピソード。

ドラマ「ありがとう」で、長年共演した水前寺清子(65)は「優しい人で、役者が素人の私を温かく見続けてくれました。撮影の帰りに家に寄っていただいたこともありましたが、お茶だけで『妻が待ってるから』とお帰りになる。誠実でダンディな方でした」と、涙ぐんだ。

通夜は5月20日午後6時、告別式は21日午前11時半から東京文京・護国寺桂昌殿で行われる。
2011/05/19(木) 13:08 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
福岡からの帰りの空港で不思議な出来事に出会った。

空港の地上勤務員が「運行する飛行機が変わり、10名の方に、次の便への変更をお願いします」というものだった。

18時35分福岡発のANAの乗れない人がでてきたのだ。

「変更していただける方には、1万円を差し上げます」というもの。

次の便は19時50分。

すぐに 決着が付いて、10人が次の便に変更していた。

で、最近、乗客が足りずに、欠航便が生まれるケースが多い。

5月の時刻表に、ちゃんと記載されているのに欠航になっている。

だから、オレが乗る飛行機はいつも超満員。

オレが乗る一つ後19時15分発羽田行きの便が欠航だからだ。

この日は、落語の林家木久扇師匠にお会いした。

席が離れていたから挨拶程度だったが、ご自宅にお邪魔して取材させていただいたこともあった。

飛行機の中で、有名人の方にお会いできるのも、移動の楽しみだね。
2011/05/19(木) 13:03 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
赤塚不二夫さんを描いた映画「これでいいのだ!!」を観た。考えてみたら何時頃から試写会の招待をいただけなくなったんだろうか。

大阪・読売テレビには、大阪での試写会の案内状が届けられるが、大阪じゃ行けない。

で、結果、公開を待って見に行くことになるのだが、「これで・・」は、予想通りの映画になっていて、赤塚さんがよく描かれていた。

「おそ松くん」「天才バカボン」「もーれつア太郎」など、読み漁った漫画のタイトルだけでも、観ていて楽しい。

アイディア会議から作品が生まれ、巣立ったアシスタントらが有名漫画家になっていく。

ハチャメチャで、寂しがり屋だった赤塚さんが映画の中にいた。

楽しく見せていただいたが、飲み屋でイグアナをやっていた当時のタモリさんも登場させればよかったのに。
2011/05/17(火) 11:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
東京・銀座の吉井画廊で5月21日まで開催されている女優・由美かおるさん(60)の初の個展「由美かおる展―忍者からはり絵師へ―」にはり絵を出品。

恋人と噂される数学者の秋山仁さん(64)も「ジオメトリカルアート―幾何学の美―」と題したオブジェを展示してることもあり、仲良くサイン会。

見た方が穏やかな気持ちになってほしい。海外でもやりたいですね」と笑顔の由美さん。

「還暦愛」と報じられたことには、「私のアコーディオンの先生なんです」と説明して煙に巻いた。

秋山さんも「熱愛なんかじゃないよ」と熱愛を否定。

新幹線の中で見た光景や、東京駅に着いてからのふたりの様子は堂見たってラブラブ。

老いらくのこいだった。

新幹線では、秋山さんの手のひらを握った時間が長く、離れたときには、一つのお弁当をふたりで仲良く食べていた。

由美さんが、秋山さんの口元に運んでいたんだぜ。

これで、恋人じゃないというの。

あの行為は忘れちゃったのかな。

所属事務所の社長の目も耳もあるから、恋人とはいえないのは分かるけど、ここまでオープンに交際してるんだから、許してもらえばいいのに。

目の黒いうちは、いえないんだったら可哀想だよね。

人目を気にして新幹線に乗り、お弁当を口元まで運び、秋山さんが喫煙に立ったら、そっと化粧を直す。

ああ、じれったいね。

あれで恋人同士じゃなきゃ、ボケ老人だ。
2011/05/17(火) 11:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
東映の名誉会長・岡田茂さんが肺炎で亡くなったのは5月9日だった。

豪快な人だった。

誰にでも気さくに声をかけていたのが印象に残っている。

オレが松竹の宣伝マンだった時代に、銀座に「おそめ」というバーがあった。

京都で芸者をしていた女性が開いた店で、東映京都の人が中心で、松竹の太秦の人や映画関係者でにぎわっていた。

東映のやくざ映画の企画マンでプロデューサーだった俊藤浩滋さん(享年84)の愛人と言われた人の店だった。

俊藤さんは、女優・富司純子(藤純子)さんの父。

ここで、岡田さんと俊藤さんが出会う。

意気投合し、映画の企画を話し合い、俊藤さんが東映のプロデューサーになることになったと店に連れて行かれた先輩に聞いた。

会社は違ったが、先輩にも岡田さんは気楽に話しかける人だったね。

映画を愛し、役者が好きで、いつも映画の話をしていた。

高校生だった富司さんが、父親におねだりにこの店に来て、岡田さんに見初められ女優になったとも。

ふたりはよきライバルで、良く喧嘩もしていた。

10年前に俊藤さんが亡くなり、寂しかったと思うね。

斜陽産業といわれた映画界で、いち早く立ち直らせた手腕。

映画企画力。

世界に名を馳せた「東映のやくざ映画」は、岡田さんと俊藤さんが作り上げたものだったね。

お通夜で、富司さんが「(岡田さんのと父が)ケンカしながらふたりで、みんながビックリするような映画を作ると思います」と話していたことが印象に残った。

映画を愛し、映画に生きた俳優や経営者やプロデューサーやスタッフらが次々にあの世に旅たってしまうのは、時代の流れなんだろうが、あの世には、裕次郎さんも勝新さん、三船敏郎さん、森繁さん、小林圭樹さん、ひばりさん、水谷八重子さんらがいるから松竹の大谷さんも大映の永田さんも日活の堀さんも東宝の小 林さんもみんなで映画作ってるのかな。

岡田さんも行ったしね。

みなさんに合掌だ。
2011/05/12(木) 13:28 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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