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女優の淡路恵子さんが食道がんのために1月11日午後5時22分、東京・虎ノ門病院で亡くなった。80歳だった。

淡路さんは、松竹歌劇団から女優の道に進んだ。森繁久彌さんの「駅前」「社長」シリーズで、演じたクラブママや愛人が評判を呼んで人気女優の仲間入り。54年にフィリピンのジャズ歌手・ビン ボー・ダナオさんと結婚、二児を儲けるが65年に離婚。翌年には、萬屋(当時は中村錦之助)錦之介さんと再婚。錦之介さんがオーナーだった映画制作会社が倒産、淡路さんが銀座のクラブママになって生活を支えたこともあった。しかし、その結婚も錦之介さんの宝塚女優との不倫から破綻してしまい87年に離婚。錦之介さんとの間に誕生していた三男は自動車事故で、四男は自殺という波乱万丈の人生だった。

ここ数年は、テレビバラエティに出演して辛口のコメントを出し、ご意見番的存在になっていた。昨年6月、体調を崩し入院、直腸がんの手術も受けた。淡路さんは、とにかくヘビースモーカーだった。煙草を吸ってはいけないスタジオでも手から煙草が離せない人で、本番中でも煙草を吸っていた。

男勝りで、人の悪口を言わなかった淡路さん。ああ、合掌。
2014/01/12(日) 12:39 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
女医でタレントの西川史子さん(43)が、福祉関係会社社長・福本亜細亜さん(39)と離婚した。約4年の結婚生活だった。

聞かされていなかったオレはビックリ。
早朝から彼にメール。
「事後報告になってすいません」と返信が会ったから電話を掛けることにした。「11月から別居していたことは事実です。石川さんに連絡しなきゃと気になっていたんです。別居していても食事に行ったり電話していたことはありました」と。
じゃ何故離婚と言う道を選んだのか。
「子供でもいれば、夫婦という形になれたのでしょうが、子供が出来なかったので恋愛の延長でしたね」と言った。クリスマスも一緒に過ごしたそうだ。
「会っているときは、離婚の話は出なかった。出るのは電話のときだけでした」と、近況を知らせてくれた彼は、ここ1年間はテレビで、史子さんを見ていなかったようだ。「石川さんが“テレビで泣いて帰ったことホント”って、電話あったでしょ。あの時は偶然見ていなかったけど、あれ以来、史子のテレビは全く見ていませんでした」と言うのは、友人からのテレビ発言を聞くのが嫌だったからだそうだ。

「元に戻そうとして史子も努力していましたがダメでしたね。(離婚の)理由?小さいことの積み重ねかな」とも。慰謝料は無し。
生活費も福本さんの収入でまかなわれていた。「家の母と親しかったので、離婚の話しは母にしていたようです」と言った福本さんも坦々としていた。

史子さんは、マスコミに「『結婚とは、夫婦とはこうあるべきだ』と自分で 結婚生活のハードルを上げてしまった」ことが理由だと言い「常に3歩前を歩いてしまう性格の私は、可愛い奥さんになれませんでした」と、反省も。

テレビで夫婦関係を話す史子さんを見ていて、夫婦でじゃれあっていると思っていたが、福本さんにとっては嫌だったのかな。「始めから仕事をすることを認めていましたから。そのことに不満は無いですよ」が、本音なら良いんだけど。
2014/01/12(日) 12:37 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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