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テレビ朝日「モーニングバード」などの司会でお馴染みの羽鳥慎一アナウンサー(43)が8月18日に脚本家の渡辺千穂さん(42)と結婚していたこ発表した。

羽鳥アナには96年に結婚したアロマセラピーインストラクターの夫人(42)がいたが2年前の5月に離婚している。

元夫人は、羽鳥アナが、日本テレビの入社試験のときに知り合った女性だった。

渡辺さんは、沢尻エリカさん主演で放送されているフジテレビ「ファーストクラス」を担当するなど売れっ子脚本家。

フジ「サキ」、TBS「最高の人生の終り方~エンディングプランナー~」、フジ「息もできない夏」も渡辺さんの脚本だ。

ふたりは、2年前の8月に、共通の友人が開いた食事会で出会い、交際が続いていた。

交際が明らかになったときから、羽鳥アナは「結婚するつもり」と、発言していた。

渡辺さんは初婚で、ふたりの新婚生活は、すでに始まっているという。
2014/11/10(月) 10:57 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
本音を言うともう誕生日は来て欲しくないね。

というよりも祝いたくない。

ところがそうも行かない。

テレビやラジオで出会う人たちが、オレの誕生日を祝ってくれると言う。

欠席したい感じだというのを分かって欲しいな。

若い人の誕生日は素直に喜べるし、祝ってあげたいが、四捨五入すると100歳(?)、70歳になるオレの誕生日はいらないよ。

オレより少し年上だけど、吉永小百合さんは誕生日を祝っているのかな。

あのくらい美しくて若ければ、誕生日も楽しいと思うけど、オレの場合はね。

あ、吉永さんと比較して申し訳ないけど、お祝いのプレゼントが、血圧計や発毛剤ならまだしも、補聴器とかオムツだったら絶対に嫌だね。

で、「週刊女性」の荒木田範文記者も同じ誕生日。

ちなみにオレが知ってる11月10日の誕生日の芸能人は歌手・三橋美智也さん、俳優・アランドロンさん、俳優・山城新伍さん、女優の川島なおみさん、原日出子さん、デーモン小暮閣下。

あれ、デーモン小暮閣下にも誕生日はあったんだ。
2014/11/10(月) 10:56 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「幸せでしゅ」など“さ行”がうまく話せないことで“滑舌悪い芸人”として人気の諸見里大介さん(32)が、11月7日に結婚した。

滑舌が悪くったって結婚は出来る。

オレだって“ひ行”が言えなくて「日比谷公園」だか「渋谷公園」だか、相手には分からないぐらいだ。

で、諸見里さんが結婚した相手はフリーアナウンサーの高島彩さん似の道産子娘・由香里さん(35)。

3歳年上だ。

出会ったのは5年前。

吉本も養成所時代に、同僚からラーメン店に勤めるゆかりさんを紹介されたことがきっかけだった。

「かわいいな」と思った一目惚れした諸見里さんは、積極的に交際を申し込んだ。

順調に交際が進む中で、諸見里さんは、由香里さんに「クーラーがなくて、しゅごい部屋が暑い」と、告白。

彼は、若手芸人3人で、クーラーのない部屋に住んでいた。

由香里さんに「一緒に住む?」と言われ「同棲(しぇい)生活」が始まった。

今年、10月に休みが取れたので、実家に「実家にあいしゃつしに行こか」ということに。

北海道に住む由香里さんの両親に持っていった手土産は「うまか棒」一本「つまらないものでしゅが」の挨拶に、ご両親は大爆笑だったそうだ。

「娘さん(むしゅめさん)」を「彼女」に言い換えて「“さ行”を抜いた」てあいさつ。

ご両親も、彼の“誠意”に答えてくれたようで、すぐにOKがでたそうだ。

「今年6月の吉本新喜劇のギャグ総選挙(しょうしぇんきょ)で僕は2位。優勝した吉田裕(35)にトリプルシュコアを付けられた悔しさ(くやしゅさ)。結婚を機に、来年ギャグ総選挙(しょうしぇんきょ)があったら、1位になりたいでしゅ」と、結婚を基に意欲を燃やす諸見里さん。

挙式・披露宴は来春開く予定だそうだ。
2014/11/10(月) 10:54 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
5年前に結婚した女優の藤田朋子さんとアコーディオン奏者で7才年下の桑山鉄也さんの不協和音が聞こえてきていた。

「結婚以来、何処に行くにも一緒に行動していたのに、一緒に行動することが少なくなっている」という理由だった。

次の離婚ターゲットは藤田さん(?)なんて思っていたら、破局説は、あくまでも火の無いところの煙かも。

今週発売の「週刊朝日」が、仲のいい夫婦生活をインタビューしていた。

てxtyちゃん、トコちゃんと呼び合っている。

引用すると、夫「僕が近所のバーで飲んでいるときに、彼女からメールがきたんです」。

妻「あのね、私、この人が酔っ払うとどんなにすごいことになるか、結婚してから知ったんです。前の晩にしゃべったこと、翌朝、何も覚えてないんですよ! 知っていたらあんなメールはしなかった。あのときは夜に地震があって……」。

夫「『いまどこ? 大丈夫?』ってメールがきたんです。『大丈夫ですよ。近所のバーで飲んでます』『誰と?』『一人ですよ』。そしたら『一人は寂しくないですか?』って……。『いや、一人のあなたに言われたくないですよ』って返したら、『私は好きこのんで一人なんじゃないんです。誰も私のことなんかわかってくれないだけです』だって」。

妻「……(苦笑)」

夫「マスターに『めんどくせえなあ』とか見せながら、『俺は藤田さんのことわかっているつもりですよ。僕は藤田さんのこと好きですよ』って返したんです。そしたら『その好きっていうのはどういう意味ですか?人間的に好きって意味ですか、それとも男女の好きなんですか?』……。僕、『うわあ!』って、もう電源切っちゃった(笑)」。

夫「その後、へべれけになって家に帰ったら、今度は電話が鳴って」。

妻「私はその間、ずっと電話の前に正座して、返事を待っていたわけですよ」。

夫「夜の3時過ぎで、僕、もう意識不明ですよ。でも、『どういうことですか』って聞いてくるから……」。

妻「今までもいろいろそういうことがあったんですよ。恋愛対象なのか? 単なるバンドの仲間なのか? これを勘違いしたことで音楽がうまくいかなくなったことが、過去に何度かあったんです。それに30代後半で、もう遊んでいる場合じゃなかった。だからここはハッキリさせないと、と。そしたら彼は『いや、好きですよ』と言った。『その好きっていうのは一生一緒にいてもいいって意味ですか?』って聞いたら『そうですよ』って。『はっ、それはどうもありがとうございます』って言って、電話を切ったんです」。

夫「僕は翌朝起きて、『あれ? 昨日の、夢だったのかな』と。ぼんやりしてたら、彼女からメールがきた。タイトルにハートマークが10個くらいついて、本文にもハートがびっしり。スクロールしていったら真ん中くらいに『この日が来るのを待っていました』……」。

妻「『失敗した!』って思ったんでしょ?」。

夫「うわあ! やっちゃったあ! って(笑)」と、なんだか分からないけど、結婚5年、まだまだふたりは恋愛の真っ最中にいるようだ。
2014/11/07(金) 11:12 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
落語家でタレントの桂小金治さんが肺炎で亡くなった。

88歳だった。

芸能界で、オレが長老になってきた証なのだろうか、福岡で「めんたいワイド」の生放送に出演中から各方面のメディアから電話がかかってきていた。

子供の頃に映画「拝啓天皇陛下様」やテレビドラマ「破れ傘刀舟悪人狩り」を観たことはあった。

その後は、テレビ朝日の「アフターヌーンショー」(当時は教育テレビ)NTV[それは秘密です」などの視界で活躍した人だ。

でも、残念ながら、一度も取材をさせていただいたことがなかった。

コメントが出来ない。

落語家だったが「真打」になっていないうちにやめてしまったから「二っ目」それなのに、周囲から「師匠」と呼ばれることに抵抗を持っていたなんて話は聞いたことがある。

「師匠」の桂小文治さんに相談したら「芸能界ですでに「師匠」になっている小金治が、『師匠』と呼ばれて何がおかしい。いいじゃないか』と、言われて、「師匠』といういう言葉が受け入れられたと言う話を聞いた。

オレが、日本テレビで、芸能リポーターを始めた頃、小金治さんがNTV「ルックルックこんにちは」で、「できるでショウか」のコーナーが出来た。

その頃廊下でお会して「君頑張ってるね」と、声を掛けられたのが最初だった。

その後何度か日本テレビでお会いしたことがあったが、挨拶程度の会話しかしなかったな。

テレビで観ていた人に、気軽にに声を掛けていただいたことが、新鮮で感激で緊張したことを覚えているね。

その後、落語家に戻り寄席に出演していたのかな。

豪邸に住んでいると風の頼りに聞いた。

もっと取材しとけばよかったな。

昭和27年に松竹で映画発出演したときの日当は一日5000円。

二つめの落語家が寄席に出演するときは100円単位(今でも変わらないという噂)だからよりははるかに高かったんだろうな。

当時のサラリーマンの初任給は、1万円にも満たなかったからね。
2014/11/07(金) 11:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
珍しく福岡行きも東京行きも予定通りに飛んだという奇跡。

途中に揺れがあって、これも数少ない現象だが、飛行機が遅れなかったのが本当に珍しい。

ところが、こんな日は、誰もオレに付き合ってくれない。

誰か一人ぐらいは、銀座か新橋、浜松町辺りで飲んでいるだろうと、メール&電話を掛けた。

最初は、男性誌週刊誌の記者。

「たったいま、新宿歌舞伎町に着きましたよ。来ます」と。

まずは、遠いから辞めよう。

次の女性週刊誌記者は「家に帰ってきてしまいました。この近所なら」と言われたって、行くことは出来ないよ。

家族との団欒なのだから。

次は「人形町で飲んでます。銀座には行かないけど、おいでよ」と。

ここも遠い。

彼が電話を代わった。

ステキな女性の声で「私、分かりますか?来てくださいよ」と。

オレは分からなかった。

「祐華です」と明るい声。

飲み友達の祐華ちゃんだったが、場所が違う。

ホントは、総武線の亀戸駅近くにある「蔵」と言う居酒屋で、往年の歌手、松島アキラさんが飲んでいて早い時間から誘われていたのだ。

昭和39年だったかな「湖愁」と言う歌で一世を風靡。

スピッツの愛称で若い女性のアイドルだった。

あれから40年以上。

ファンも松島さんもオレも年を取った。

6時から飲んでる人に、8時を過ぎて「今から行きます」とは、言えなかったね。

で、結局、9時過ぎには自宅にいた。

カミさんが「何でこんなに早いの」と言っていたな。
2014/11/06(木) 11:12 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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