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栃木・小山の友人で、小山中央観光社長の中島一男さんに誘われ、銀座のクラブに行くことになった。

待ち合わせは4時半。

中島さんの知り合いふたりと4人で食事をすることになったが、8時過ぎにクラブに行くにしても、3時間半以上の時間がある。

これが大変。

イタリアレストランでワインで食事。

時間が経たない。

目的の店に行く前に「違う店に行こう」と言う話になったが、目的の店に行きたいと、7時過ぎに店に入る。

当然、ホステスさんよりも先に着く。

飲んでいた、まだこんな話があるのかという出来事に出会った。

店で、別の友人にあった。

あえて名前は出さないが、店に入ってくるなり「すぐに、来る方は、昭和天皇の弟さんで、顔が良く似ている。凄い人だよ」と、興奮気味に話した。

えっ、まだこんな話があるのかと思ったね。

昭和天皇の兄弟と言えば、秩父宮雍仁親王と高松宮宣仁親王、三笠宮崇仁親の三人だ。

そして健在なのは、97歳になられた三笠宮様だけだと思っている。

大正天皇に嫡出じゃない子がいたというのか。

チラッとお顔を拝見したが、まだまだ若そう。

こんな詐欺事件は、昔の話だと思っていた。

女性週刊誌記者時代に、仲間の記者から、皇室の人を紹介されたことがあった。

名前は忘れたが、誰かの従妹だと言った。

立ち振る舞いは、たしかに厳かで威厳も合ったが、オレには到底信じられない相手だった。

同僚記者は、その男性に、酒を振舞っていた記憶があるが、その後、どうしたか。

皇室の人と飲むことを喜んでいたようだった。

ふと、そんなことを思い出したが、まだ、皇室を騙る人がいるなんて。

オレには、そうしか思えない。
2013/02/08(金) 10:58 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
最近は、全く当たらなくなった競艇。

局に行く前に2レースだけご挨拶だ。

福岡競艇は工事中だが、場外発売上はオープンしている。

桐生と大村の1レースを買ってハズレ。

局に向かう。

「めんたいワイド」は4時から始まる番組で、4時台と5時台にコーナーがある。

この日は前半だけ。

急げば、5時半の羽田行きに乗れる。

コーナー終わりが4時45分。

タクシーに待っててもらって空港に。

これが乗れちゃうんだよね。

機内食をおつまみに赤ワインと芋焼酎。

この行為が下地になって飲みに行きたくなる。

西日暮里にオープンしたばかりの友人・稲田洋ちゃんの店「酔ってよ」に。

数人に連絡したが相手が見つからない。

しかたなく一人で行くことにした。

オープンして初めて行くんだから、誰か連れて行きたかったな。

店には、開店祝いに送ったオレの花が、カウンターに飾られていた。

ここのメニューに、ハムカツがあったのは、オレのためなんだろうな。

食べなきゃ。

で、オレの風邪?どうしたんだろうか。
2013/02/07(木) 11:05 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
東京の雪予想で、一日早く福岡に行くことにした。

14日の大雪では、飛行機が飛ばなかったからだ。

少し風邪気味。

夕方、福岡放送に寄ってからホテルに。

外は雨、コンビニで買い物をして、部屋で食べようと決めた。

ここからが、オレの優柔不断なとこだ。

コンビニに入り物色するが、食べたいものが見つからない。

やっぱり中洲だ、と店を出る。

タクシーが来ない。再びコンビニに。

やはり決まらない。

外に出て、歩いていける場所が頭に浮かんだ。

「鯖の刺身にしよう」と、親不孝通りの「洗濯船」に決めた。

徒歩3分。

こんなときに、鯖がないんだよね。

「今日は海が荒れていて入荷がなかったんです。馬面ハギのいいのがありますから」と、言われ、芋焼酎を。

つい5分前まで「風邪気味だから、今日は酒を抜こう」と、考えていたのに飲んでしまう。

ほぼ満員の店内の客を観賞しながら、約1時間半。

飲んだことを後悔しながらホテルに帰った。
2013/02/07(木) 11:03 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
大騒ぎして声帯ポリープの手術をした「上野・浅草・隅田川」を歌う歌手の紀藤ひろしさんが退院してラジオ番組にやってきた。

筆談で声が出せないからラジオの出演するわけには行かないのに、見舞いのお礼だという。

入院前は「食道がんの疑いもある」と、怯えていたけど、手術して難なく除去。

3月には新曲のレコーディングも控えている。

2月8日に開かれる元ザ・タイガーズの瞳みのるさんのコンサートのチケットを届けてくれた。

オレはスケジュール的に無理だから、お断りしたが、紀藤さんは、寂しがり屋で人懐っこいからね。

退院して、することがないからみんなに会いに来たんだろうけど、ホントに行動的な人だ。
2013/02/05(火) 10:56 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
久しぶりに東京・西麻布の叙々苑「遊玄亭」に行った。

友人の医者・冨名腰文人さんを囲む会だ。

と言っても。

主催者が冨名腰さんだという事だけで、みんな勝手に飲んでいる。

場前を出して良いか分からないから実名はやめるが、ドラマ制作会社の専務、タレントが2千人以上いる大手プロダクションの副社長、バラエティ番組制作会社のプロデューサー、ディレクター、2月4日に放送されたドラマの監督、友人の脚本家・横沢丈二くん、元写真週刊誌編集長、スポーツ紙編集委員、記者、女性タレントさんもいた総勢16人。

賑やかだったね。

毎年、この時期に、冨名腰さんが企画して続いている。そうだ。

この日参加したタレントさんは、有名なプロ野球チームの超有名選手と浮名を流したこともある人だった。

「そんな付き合いはしていません。食事には、数回行ったことはありますが」と、完全否定していたが、ホントかな。

人気プロ野球選手が、惚れてしまったのが分かるぐらい綺麗な人で、オーラもあったぜ。
2013/02/05(火) 10:55 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
46歳で歌手になって18年が経った。

青森・八戸生まれの青戸健さんだ。

「故郷を忘れないようにと青森の“青”と八戸の“戸”を芸名にしました」と。

歌手になりたい夢を持って上京。

ガス会社の設計を担当していた。

家族も増えたし安定した家庭生活を送っていた。

会社務めを28年。

夢は捨て切れなかった。

3人の子供達は、歌手になることは認めてくれたそうだが、妻は許せなかった。

「生活が不安ですものね。離婚になりました。申し訳なかったですが・・」と、自主出版で歌手になった。

デビュー曲は「人生男坂」だった。

彼の努力が実り、その後、「風雪十年」で徳間ジャパンからメジャーデビューすることになる。

「離婚もしましたが、歌手になってよかった。一度も後悔したことはありません。周囲の方たちに応援していただけて続けていられる。感謝の気持ちで、これからも歌い続けます」と、言った青戸さんは、今年1月に新曲「故郷の友」を発売した。

「故郷の匂いのする歌手を目指して、千昌夫さんのような歌手になりたい」。

64歳になった今でも、夢が続く。
2013/02/05(火) 10:53 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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