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最近、このコーナーをヒントに、週刊誌記者の方から電話を頂く機会が多くなっている。

前から、業界の方には読まれていたみたいで、誤字脱字が多いと批判されてはいたんですけどね。

オレの性格から、書いたものを読み直すという作業がない。

書きっぱなしで、自分で読むこともない。

指摘されて見たら、ホントに誤字脱字が多く、思わず赤面したこともあったが、性格上いまだに直らない。

管理してくれているイノジョーさんに「誤字脱字、変換違い」の直しのお願いしているんですけど、作詞家のイノジョーさんも忙しい。

それにノーギャラだから文句も言えない。

ということで、ここまできてしまった。

読んで頂いた方も、その辺を理解していただいて、推理していただくと言うのもいかがでしょうか。

開き直り?そうかも知れませんね。

今日から2泊3日で博多です。
2013/05/29(水) 11:08 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
友人の料理人・稲田洋ちゃんと法子さんの同棲10年目のケジメ結婚(4月21日)を祝って、仲間20人と飲み会を開いた。

東京・浅草の花の辻商店街にある「花の辻」でのコラーゲンたっぷりの「すっぽん鍋」と飲み放題の会。

フグの唐揚げも生ハムもセット。

赤ワイン、白ワイン、日本酒、焼酎、ビールと何でもあり。

何処のワインかはラベルを見なかったが、それなりに美味かったし、焼酎は「佐藤」の黒が入っていた。

で、JR「うぐいす谷駅」近くのカラオケクラブに。

この日は珍しく酔った。

クラブの支払いは、6万円と決めていたが、店側は「人数が多いから、それでは困る」なんて言っていたが、半ば強引に金額を決めた。

袋の中に入ったお金を数えたら7万円も入っていた。

オレのお金も紛れ込んでいたようだったけど「えぃ」とばかりにすべて支払った。

店の従業員の顔が「パッ」と、明るくなった気がしたね。

そんな無駄な金を払ったぐらい酔っていたんだ。

「酔って見えなかったよ。最後にラーメン屋に行ったとき、石川さんが仕切って、お金集めてましたから」と、週刊誌記者。

ラーメン屋に行った?食べた?覚えていない。

タクシーで高砂に住む高橋敬一さんらを送ったのは覚えているが、ラーメンの記憶はない。

ラーメン屋のは一かもしれないが、オレは食べてない。

「食べてましたよ」と、記者。

それだけ、洋ちゃんの結婚が嬉しかったし、楽しい酒だった。

参加してくれた歌手の安倍里葎子さん、山口かおるさん、紀藤ヒロシさん、台東区議の阿部光利さん、占い・人生相談の川口の和ちゃん、脚本家の横沢丈二くん他、みなさんありがとう。

会費の1万円も。

この次は、里葎ちゃんの結婚(?)を祝って、また飲み会をしよう。

あれ、これって、セクハラかな。

それにしても稲田夫妻は、高橋さんに依頼してTシャツを作って参加者にプレゼント。

ボイストレーナーの関口達男さんがイラストを書いたらしいが、ふたりの似顔絵入りは、オレには、寝巻き?。

冗談ですよ。
2013/05/29(水) 11:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
サンミュージックの相澤秀禎会長の通夜に行った。

ロケの都合で少し遅れてしまったが、凄い人数だ。

関係者は約1500人と言っていた通り、長蛇の列。

どのくらい時間が掛かるだろうか、この後、会計事務所に行く用がある。

「相手を待たせているから困った」と思っていたら、関係者の方に、横から先に進ませていただいた。

並んでいらし方かには申し訳なかったが、直接、会場入り口まで運んでいただいて、約20分ぐらいで焼香も済んだ。

先日はなした森田健作知事を探したが、公務で、すでに会場を後にしていたらしい。

メールしたオレに、知事から「ご多忙中ありがとうございました」と、返ってきた。

それにしても昨年亡くなった長良音楽事務所の長良じゅん会長といい、相澤会長といい、人脈の広さに驚かされた。

芸能人にお会いすることは出来なかったが、こんな場所でしかお会いできなくなった関係者も多かったな。

それだけ、歳をとったということかな。

麹町にある会計事務所で、3月決算の書類に印を付いて帰宅。

午前中から仕事をしていたから、一杯飲んで帰りたい心境に駆られたが、この日のうちに片付けなくてはいけない原稿が残っていた。

あー、飲みたい。

オレ、アル中になったかな。
2013/05/29(水) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
TBS系の「ニンゲン観察バラエティ モリタリング」と言う番組から出演の依頼が来た。

全くの素人にオレが、直撃でマイクを向ける。

いきなり質問された素人の方が、どんな反応を示すかと言う企画だ。

東京・練馬のステーキ&ハンバーグのチェーン店「けん」で行われた。

この「けん」は、最近、この店に勤務していた従業員が「けん」と同じ文字を使い、同じ味付けで店を出したことでトラブルになっている店だ。

それだけ美味しいということなのだ。

オレ外は、ディレクターとエキストラで、構成された総勢17人のマスコミ(?)が、素人さんを囲み矢継ぎ早にインタビューする。

「驚き、震え、大汗」をかきながら必死で答える。

「え、なんですか?なに?」と反応を示すが、結局、答える。

その後のインタビューは担当していなかったからテレビで見るしかないが、6月20日に放送されるそうだ。

オレに話が来たが、もっと有名なリポーターの方が良かったんじゃないかとも思ったね。

オレなんか、大阪や福岡のローカル局で細々と芸能記者生活を続けているぐらいで、もう、6年も全国区の放送に出ていないもの。

「インタビュープロのオレが」と言われても、東京じゃ「覚えている人がいないんじゃないの」と、思ってしまった。

たが、この番組が、ヤラセじゃないということが良く分かった。

仕掛け人が用意され、その友人が、連れてこられることになっていたが、予定道り入ってきた年配のカップル。

隣の席で、会話を聞いていたディレクターが「石川さん、このカップルはやめましょう。聞いていたら、いつ取材されるの?と言う会話が聞こえてきたんです。仕掛け人が教えちゃってたんです。分かってる人では聞く意味がない」と。

たしかに、知っていたら、震えも、驚きもない。

どんどん後ろに下がってしまうのは、芸能人に直撃したときにも見られる光景。

面白い。

とにかく、放送を見てくださいよ。
2013/05/29(水) 11:02 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
この日のゲストは、新曲「恋めぐり」を歌う浜博也さん。

大学時代に「テレビに出演するクラブ」を立ち上げ、メンバーが18人もいたクラブ活動だった。

「当時流行っていたテレビのお見合い番組なんかのオーディションに応募していたんですが、全く予選を通らない。そんなときにグループの仲間が“会長は、歌が上手いから歌番組に出たら”と、当時、放送されていたTBSの『11時に歌おう』と言う番組に応募したんです。そうしたら予選は通過。グランプリまで獲ってしまった」と。

山形の飯豊出身の彼は、山形弁が抜けない田舎者といわれていた。

「人口、約1万人の町から出てきましたからね。いまは、過疎化して8千人ぐらいだそうですが、田んぼの中にわらぶき屋根の家があるみたいな。そんなのどかな町ですよ」と、大笑いした。

グランプリを獲った彼は、スカウトされ大学を中退して歌手の道に進んだ。

「クラブは解散。誰も後を継ぐ仲間がいなかったですから」と、浜が作ったクラブも、会長が抜けた後は、誰も継がなかった。

鶴岡雅義と東京ロマンチカのボーカルとしてデビューして31年。

12年後にソロ歌手になった。

ロマンチカのボーカルとして初めて歌ったのは渋谷のキャバレー。

「歌い終わったらボーイさんに“お姉さんが呼んでいる”とお店の看板ホステスの元に。褒めてもらえると思ったら、いきなり“あんたの歌には色気がないね。心に響かない”と説教された。悲しいデビューだったのを覚えている」も、いい思い出だ。

「やめようと思ったこともあったけど、ロマンチカのヒット曲を歌うことで営業が成り立っていた。歌手を続けられたのは、そのお陰です。でも、自分のヒット曲をだしたい」と、本音を覗かせた浜さんは明るく、正直な人だ。
2013/05/28(火) 11:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
大手芸能プロダクション・サンミュージックの会長・相澤秀禎さんが、23日に亡くなった。83歳だった。
穏やかな人で、誰からも愛された人。

オレが芸能界で仕事をするようになって2番目にあった人だ。ちなみに、最初の人は、オスカープロダクションの古賀誠一社長だった。映画の松竹が、歌手・黛ジュンさんの大ヒット曲「夕月」を映画化することになり、その相手役を一般公募すろことになった。そのときに、森田健作さん(現・千葉県知事)を推薦してきたのが、相澤さんだった。見事、森田さんが主役の座を掴み“女優王国”といわれた松竹も森田さんをスターの座に 押し上げようと応援した。オレも、当時、新宿の厚生年金会館の裏にあった立ち上げたばかりのホントに小さな事務所に出張して、相澤さん、現専務の福田時雄さんらと、森田さんのファン作りに精を出した。会報を作ったり、宛名を書いたりした。

都はるみさんが所属していた頃、オレは、はるみさんの旦那になった朝月広臣さんと仲が良く、事務所を通さずに仕事をしてしまい嫌われたことも、酒井法子さんが、ねぎが飛び出したスーパーの袋を持って当時恋人だった脚本家・野島しんじさんのマンション訪ねた姿をスクープして疎遠になったこともあった。

相澤さんといえば、やっぱり頭に浮かんだのが、森田さんだったな。「いや、石川さん。ショックなんてもんじゃないですよ」と、オレの電話に出た森田さんの第一声だった。「西郷輝彦さんが飛ぶ鳥を起こす勢いでスターだったときに、西郷さんのもとを離れ、18歳のオレにすべてを掛けてくれた人でしたからね。いまあるのも300%、相澤さんのお陰ですよ。石川さんもデビューの前から応援してくれていたから分かっていたじゃない。ご遺体が、自宅にも事務所にもないということですから今日はお邪魔しませんが、通夜と告別式には必ず行きます」と、話した。公務が詰まっていて、その両方に出席できるようにスケジュールを調整中だといった。

「検査入院だと聞いていて3回病院に行きましたよ。別れになったのは2週間前。病室に入ったら、相澤さんが立ち上がって『昔話しようよ』と。まさか亡くなるなんて。一回は妻ともお見舞いに行きました 」。

友人の朝月さんのそうだったが、すい臓がんは、分かったときは、もう手遅れなんだよね。
相澤さんのご冥福をお祈りします。
2013/05/25(土) 11:05 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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