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レインボータウンFMの小嶋社長が代表を務める非営利活動法人「日本青少年育英会」の千葉・九十九里の施設で、バーベキューをしようということになった。

オレの都合で、金曜日に行って土曜日帰りというスケジュール。

仕事を持つサラリーマンには、なかなか取れないスケジュールだ。

それでも参加者を募ったらオレ、小嶋さんを含めて10人集まった。

ホントは、近所の子供にも声をかけたいぐらい。

今回はじめて行くことになったが、写真だけ見たら楽しそうな場所だ。

釣も含めて、利用する回数が多くなるかもね。
2012/08/23(木) 11:11 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
大気不安定で、豪雨と雷の予報が出ていた福岡。

FBS「めんたいワイド」の本番を終えて、タクシーに乗り込んだら、ポツポツと雨が落ちてきた。

福岡に向かう午前中の便が約45分遅れていたから、午後便もかなり遅れるだろうと予想して空港に向かった。

遅れは10分。

良くあることだからこのくらいなら我慢できる。

搭乗アナウンスがあり、6番ゲートへ。

そのとき、雷が福岡空港を直撃していた。

激しい雨と雷。

搭乗が中止になってしまった。

そして、待つこと40分。

やっと飛行機に乗れた。

しかし、今度は、次の便が故障してしまい、乗客が50人乗って来るという。

その手続きでまた遅れた。

雷で搭乗できないという初体験。

豪雨、強風だけじゃなく、雷もタラップ通行の安全を考えて中止になるんだ。

知らなかったな。

6時35分発の飛行機が羽田に着いたのは9時半過ぎ。

さすがに飲みに行く相手を探す気になれなかったね。

この日は、往復で2時間以上も待たされた。
2012/08/23(木) 11:10 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
伝説の女性週刊誌記者からお誘いを受けた。

東京・六本木ヒルズ51階のレストラン。

もちろん会員制のクラブだ。

オレが、映画会社に入った頃から第一線の記者として有名だった人で、今でも現役の記者だ。

当時の女性週刊誌の記者といえば、その後、作家になった人も多い。

竹中労さん、谷川俊太郎さん、大下英治さん、志茂田景樹さんらがいるんだよ。

その先輩記者は、インドネシアのスカルノ大統領失脚後、フランスに亡命したデヴィ夫人をパリまで同行しスクープした人だ。

大統領夫人の亡命を手伝い、熱愛スキャンダルも取材してきた。

特に、デヴィ夫人と俳優・津川雅彦さんとの世界をかける恋は、女性週刊誌の格好のターゲットだった。

スクープするには取材費は使いたい放題だった時代。

この亡命取材だけで楽に経費は100万円は越えていた。

ラーメンが30円の時代。

デヴィ夫人も記者も飛行機はファーストクラス。

パリで運転手つきの車を乗り回し、三ツ星レストランで食事する。

雑誌が100万冊も売れた時代だったから出来たこと。

今では、50万部にも届かない。

オレが、週刊誌に飛び込んだときも、まだ、雑誌の売り上げが伸び続けていて、取材費は使いたい放題だったことを思い出したね。

ただ、大先輩の時代とは違って、少しの規制はあったかも。

そこに、俳優のHさんも加わっての食事会。

俳優が「最近は、死ぬことしか考えていないよ。今度あったときに、遺書を買い手渡しておきますから。葬儀も何もいらないですよ。生きてることが苦痛なこともあるんですから」だって。

たしかに身内が一人もいない人生は寂しいかも。

遺書を受け取っても困りますけどね
2012/08/22(水) 11:11 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「第13回全日本国民的美少女コンテスト」の招待を受けたので会場に行った。

東京・台場のホテル。

午後1時から始まった最終審査。

係員に案内され席に座ったら一番前。

最終審査に残った21人が、歩行、歌唱、演技を一人ずつ披露、最期に審査員の質問を受け、客席を通って退場する。

オレのそばを通って退場するが緊張しているのが分かる人もいた。

10万人を越える応募者の中からグランプリに選ばれたのは15歳の吉本実優さんと13歳の小澤奈々花さん。

実を言うと、オレもグランプリは吉本さんか小澤さんだと思っていた。

祇園太鼓が特技だという吉本さん、チアダンスが趣味の小澤さん。

ステージの両サイドにある大型画面に映し出されるモニターを見ていて、特に小澤さんの写真写りが良いのに驚いた。

吉本さんは倖田來未さんの「WIND」を歌い、小澤さんは、いきものがたりの「気まぐれロマンチック」を歌った。

残念だったのは、演歌を歌った人が一人もいなかったことだ。

「勝手に演歌応援団長」を自認しているオレにとっては、信じられない。

12歳から17歳までの出場者が、誰も演歌を歌わないのだ。

これからの日本をになって幾世代に、全く演歌は受け入れられていないのだ。

「演歌は死んでる」という印象を持った。

彼女たちが、20代、30代・・60代になっても歌う歌はJ-POPなのだろうからね。

だからと言って、若い演歌歌手が誕生していない訳ではない。

14歳のさくらまやさんのような歌手もいるし、AKB48のメンバーで演歌を歌う17歳の岩佐美咲さんだっている。

で、30年後に、いまのJーPOPが、日本の歌謡曲として残るのだろうか。

レコード会社もこれでいいのだろうか。
2012/08/22(水) 11:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
ラジオのゲストは松村和子さん。

新曲「よりみち酒」を持っての登場だ。

松村さんには想い出がある。

2年前の6月、30周年記念曲「面影しぐれ」でゲストに来ていただいたことがあった。

その日は地方公演の帰りで、東京駅にはご主人が迎えに来ていた。

ラジオの生放送まで時間があり、喫茶店で時間を潰していてくれていたのだ。

そのときに事件は起こる。

松村さんとご主人が突然、警察官の職務質問を受けることになる。

「車の中を調べさせて」と、言われて、応じたら、車のダッシュバンの中に小さな小刀が入っていた。

ご主人のつり用の小刀で、いつもは釣道具に中に入っているものが、なぜか車内にあったのだ。

「銃刀法違反」の現行犯。

生放送に来て、その話題で盛り上がったことがあったが、ご本
人は気が気じゃなかっただろうな。

その夜、再び警察に行って納得してもらって送検もされなかったが、一歩間違ったら逮捕されるところだった。

あれから2年。

松村さんの中にも記憶として残っていた。

「この番組に来る直前の出来事だったですね」。

笑って話せるが、あのときに逮捕されていたら大ニュースになっていた。

17歳で「帰ってこいよ」でデビュー。

大ヒットになった。

あれから32年。

「あのときのレコーディングした歌を、今でも超えられないんです。初めは恥ずかしいと思って聞いていた曲なんですが・・。歌に対する感情表現も、年齢的な部分も優っているのは分かるんですが、なぜか越えられない。あのときの歌が最高なんです」と。

オレはCDじゃなく、ご本人の生の声で「帰ってこいよ」を聞きたいけどね。
2012/08/21(火) 11:13 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
なかなか上映時間が会わなくて見ることが出来なかった映画「BRAVE HEARTS 海猿」を見た。

平日の昼間にも拘らず、多くの観客がいたことを思えば、大当たりしているのだろう。

深川ギャザリアの「109シネマズ木場」。

海難事故の救助に奮闘する海上保安官たちの姿を描いた人気シリーズの第4弾。

346名を乗せたジャンボジェット機が、トラブルを起こし海上着水。

30分という限られた時間の中で人命救助に挑む保安官たち。

緊張感で目が話せない。

全員無事集に救出に思わず、頬に涙が流れていたね。

やっぱり見てよかった映画だった。
2012/08/21(火) 11:11 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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