binchan2's Blog
ここにサブタイトルが入ります
HOME
Admin
スポンサードリンク
この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、
プレミアムユーザー
になると常に非表示になります。
臼澤みさきちゃんのデビュー発表会
何としっかりした13歳だろう。
7月25日に「故郷~Blue sky Homeland~」でデビューした臼澤みさきちゃんのデビュー発表会に行った。岩手県大槌町出身。東日本大震災で大きな被害を受けた町だ。
小学校3年生から習っていた民謡で、避難所生活を続ける人々に元気を伝えてきた。
このことがデビューにつながった。
「話が来たときは、家族全員、騙されていると思いました」と、笑ったみさきちゃんだが、夏休みを利用してキャンペーン活動のために東京に来た。「原宿には行きました。次はディズニーランドです。スカイツリーは混んでそうで」と、中学2年生らしい希望を。
これからは学業と歌手の2本立てだ。
「中学を卒業して、地元の高校まで行きたいです。その先は東京に来て・・」と。しっかりとした人生設計も話したみさきちゃんが目指す歌手は「いきものがかり」ということだから、ボーカルの吉岡聖恵さんみたいになりたいのかな。
それにしても、民謡で鍛えた喉からでる声はすばらしい。
大きく育ちそうな歌手だ。
2012/08/06(月)
22:06
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
戸張百合さんの通夜
友人の母・戸張百合さんの通夜に向かった。
御歳101歳ということだったから、天寿を全うしたことになる。
東京・九段下で文久元年開業の「寿司政」の女将さんとして、10年近く前まで帳場を仕切っていたから凄い人だ。90歳を越えていたのにボケを見せたことが無かった。
「石川さんならご存知よね。江戸前寿司は、屋台からだったんですよ。家も屋台から始まって店を構えた。東京駅辺りで屋台を出していたそうです」と、元気に話しかけられたのは約20年前。最近はお目にかかることが無かったが、きれいな人で、賓があった。
100年前に「百合」なんて名付けられたぐらいだから、良家のお嬢さんだったんだろうな。聞いとけばよかった。
当時の名前と言ったら、花だったら「きく」とか「うめ」とかだぜ。「とめ」「くめ」なんて名前もあったぐらいだ。それだけで、いいとこのお嬢さんか分かる。
オレは、両親が亡くなって、すでに33回忌を過ぎていて「親孝行したいときには親はなし」なんて状況だったが、戸張太啓寿さんは、十分に出来る時間があったことが羨ましい。
祭壇に飾られた遺影も綺麗だった。合掌。
2012/08/06(月)
22:05
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
臼澤みさきちゃんのデビュー報告会
13歳の中学生、臼澤みさきちゃんのデビュー報告会が、渋谷のダイニングで開かれる。
7月25日に、新曲「故郷~Blue Sky Homeland」を発売したみさきちゃんの歌を聞きにいく。
レインボータウンFMの出演も交渉しよう。
東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町出身。
小学3年生から民謡を始め、震災後は避難所を回って歌声で被災者を勇気づけてきたみさきちゃんの曲は、USENの最新リクエストチャートで1位に輝いている。
大スターの卵は、必見の価値だ。
2012/08/06(月)
22:03
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
俺の運と不運
台風10号が、福岡を直撃するかもしれない8月1日の水曜日。
いつもより、足取り重く羽田に向かった。
東京の空は、青空なのに日本は広い。
心配も杞憂に終わった。福岡行きの飛行機は飛んでいる。
台風が西にそれて行ったという。
毎週の大阪、毎週の福岡で、一度も交通機関で特別な不便を感じたことが無い。
オレは、ホントについている。
この日も着陸のときに、風で大きく揺れたが、雨が降っているわけじゃない。
6時35分発の飛行機で帰京したが、案の定、切っていた携帯にメッセージがいっぱい。
友人の女性週刊誌記者と新橋で飲みことにした。福岡空港のラウンジで芋焼酎の水割りを2杯。飛行機でも芋焼酎の水割りを二杯。これが下地になってしまって、まっすぐに帰れない。スポーツ紙記者にもプロダクションの社長にも声をかけたが、最終的には二人きり。
レインボータウンFMの小嶋映治社長から「東陽町の寿司屋にいますが・・」と、連絡を頂いたが、新橋からは遠すぎる。結局、ふたりで11時半まで。
2012/08/06(月)
22:03
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
来年デビュー10周年の黒川真一郎さん
この日のゲストは、「くれない酒場」を歌う黒川真一郎さん。
デビュー9年目を迎える歌手だ。
作曲家・水森英夫さんの弟子として歌手になった。
「五木ひろしカラオケ・オーディション」で優勝して、子供の頃からの夢だった歌手の道に飛び込んだ。「すぐに歌手になれると思って」静岡から状況、しかし、歌手になる道程は遠かった。「その後、水森先生と出会い、レッスンを受けるうちに弟子にしてもらいました」と、水森さんの近くに住み、アルバイトをしながらレッスンに通った。
「もう歌手無理だから、実家に帰ったら。歌手辞めたら」と、言い続けられたという。
「僕は、試されていると思いながら先生に何を言われても、頑張れたんです。続けてて良かったとも思いました」。
最近は、応援してくれる人が増え続けていることを実感している。
この日も、オープンスタジオの前には、男性も含めて多くのファンが集まっていた。
「歌手になって、暫くたってから、先生が言っていた『もう実家に帰ったら』と言う言葉は、僕を試す言葉じゃなくて、ホントに帰そうと思って言っていた言葉だったそうです。僕が勘違いしていただけ。でも、続けてきていて良かった」と、笑顔を見せた黒川さんに人のよさを感じたね。
来年の10周年に期待しよう。
2012/08/06(月)
22:01
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
映画「ROAD TO NINJA」
「海猿」を見ようと、東京・木場の「深川ギャザリア」に向かった。
食事も済んでいたし、後は映画を見るだけ。
そんな思いで劇場の前に着いたのが11時40分。
「海猿」の時間までは50分もある。
違う映画にしょうと、時刻表を見ていたら、12時丁度から始まる映画「ROAD TO NINJA」のタイトルが目に入った。
ちょうど良い。これにしようと飛び込んだ。
なんと「少年ジャンプ」の連載中の漫画の劇場用映画だった。
だから、子供たちが多かったんだ。全く気が付かなかった。
「NINJA]という文字だけ見て、外国のアクション映画なのかもと思ってしまったんだ。馬鹿だね。でも、映画は映画として、なかなか面白かったよ。間違えて入らなかったら絶対に観ることがない映画。岸本斉史さんの原作漫画で、1999年から連載が始まり、現在まで続く。単行本も61冊も出ているというから凄い作品なんだぜ。オレは知らなかったけど。
まあ、ラジオの生放送までの時間を潰すには、十分な映画だったね。
2012/08/06(月)
21:59
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
スポンサードリンク
この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、
プレミアムユーザー
になると常に非表示になります。
BACK
TOP
NEXT
CALENDER
<<
2012年8月
>>
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
CATEGORY
UNARRANGEMENT
(3879)
ARCHIVES
2017年6月
(1)
2017年5月
(48)
2017年4月
(42)
2017年3月
(40)
2017年2月
(35)
2017年1月
(34)
2016年12月
(42)
2016年11月
(44)
2016年10月
(48)
2016年9月
(40)
NEW RECENT
SEARCH FORM