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歌手の安西マリアさん(60)が胸の苦しみを感じて自分で119番通報したのは2月28日だった。

救急車で病院に搬送されたが、約1時間は心臓が停止していたという。

その後、蘇生したが、脳死状態になっているという。

長男(39)が付き添っていて、親族と相談して救命処置はとっていないという。

この危篤状態の安西さんに、芸能界に異母弟がいるというのだ。

安西さんは、ずっと会いたがっていたが、立場の違いがあってなかなか会うことが出来ないまま、いまになってしまった。

二人の関係は、父親が同じ人だ。

別々の母さんから生まれた。いま、活躍している俳優のSさん。

Sさんとマリアさんの父の名はKさん。

東映東京スタジオに出入りしていた人で、社長や撮影助長とも懇意にしていて、あの高倉健さんを世に送り出した人だという。

数年前、今回の情報提供者が「役者仲間に聞いた話ですけど、安西さんはSさんと兄弟だって知ってました?」と聞いたそうだ。

彼女から帰って来た言葉は「聞いたことはあるんだけど、まだ会ったことがないの。会わせてくれないかな」だった。「手紙を書いたら。自分が住所を調べるから」と、約束したという。

しかし、日本に住んでいないSさんの住所を調べることが出来なかった業界人。

「二人を合わせてあげたいんだけど、俺には方法が無い。何とかならないかな。聞いたところ、Sさんは姉・マリアさんの存在はずっと知っていたらしい。でも、立場が違うという事で会うことにはならなかった。息子?知らないと思いますよ」と。

♪ギラギラ太陽が と、勢い良く歌った「涙の太陽」のように、いつまでも明るく、元気の良いマリアさんが、不死鳥のようによみがえってくることを祈りたいね。

そのとき、Sさんが日本に居たら会いに行ってみよう。
2014/03/13(木) 11:10 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
昨日は寒いと書いたが、福岡の午後は暖かかった。

これが春だよね。

千葉・柏の自宅を出るときに、どんな服装が良いか分からなくなるほど寒かった。

福岡が暖かくなることも帰りの東京も暖かいことは分かっていても、4月上旬の格好では出かけられない寒さだった。

少々無理して、薄着にはしたものの、福岡空港に着いたときの18度はかなり暖かい。

上着も要らない。

ホントは、こんな夜は、ジャケット片手に中洲の町を飲み歩きたい雰囲気だ。

残念ながら日帰り。

来週も無理だから、再来週は、中洲の町で飲みまくるぞ。
2014/03/13(木) 11:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
レスリングでオリンピック3連勝を成し遂げている吉田沙保里選手の父親・吉田栄勝さん(61)が、伊勢自動車道路の路肩に止まっていた自動車の中で、倒れていたところを発見された。

通りかかった別の車の運転手が119番通報。

救急車で病院に搬送されたが、死亡が確認されたそうだ。

死因はくも膜下出血。

オレよりも若い61歳。

警高速隊は「車の前方に傷があり、追い越し車線脇の中央分離帯に接触後、300メートル先の走行車線左側のガードレールにぶつかり、路肩に停車した」と、発表。

場所は、津インターチェンジから南に約500メートル。

高速隊は「運転中に病気を発症、栄勝さんが自分で路肩に止めたが、その直後に意識がなくなった」と見て調べている。

栄和人全日本女子監督(至学館大学監督)の車の同乗して東京で行われる全日本の合宿所に向かっていた吉田さんは、突然の訃報に泣き崩れたという。

大慌てで三重の実家に帰ったというが。

「申し訳ないですが、しばらくの間そっとしておいてください」というのがやっと。

二人三脚として世界に挑戦してきただけに、吉田選手のシュックの大きさは計り知れない。

通夜は13日19時から、告別式は14日12時半から三重県津市藤方1617の1の津斎奉閣で営まれる。

ご冥福をお祈りします。
2014/03/13(木) 11:06 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
3.11.改めて災害の恐ろしさと原発の怖さを感じた日だったね。

3年前のこの日、オレは東京・全日空ホテルの1階にいた。

東京スカイツリーが出来るまで緒書いた小説「634(ムサシ)」を書きになった片岡弘さんと待ち合わせをしていたからだ。

元大手広告代理店に勤めていた人だ。

小説を渡され、一気に読み上げてしまう面白さがあった。

待ち合わせは午後3時。

ホテルのロビー。

少し早くついたオレは、1階に置いてあったソファーで時間を潰していた。

2時46分、一回目の地震がやってきた。

恐怖を感じた瞬間だった。

そして、数分後、またまた大きな揺れ。

ホテルが倒れるという思いが生まれた。

慌てて外に飛び出すと、ホテルの前にある高速道路上で、大型バスが立ち往生し大きく揺れていつのが見えた。

今にも、ホテル側に落ちてきそうだった。

待ち合わせした片岡さんとは当然会えなくなり、自宅にも帰れない一日の始まりだった。

昨日も流された大津波の映像。

防波堤を二里越えてくる大波と、それに流されてくる大型の船。

アナウンサーの「黒い波があるのを始めて知りました」の声が耳に残っている。

原発が、事故さえ起こさなければ、地震で被災した地域に人たちは、もっと早く立ち上がっていたのだろうが、原発の未曾有の大事故。

誰も責任が取れない状態で3年が過ぎた。

政府だって東京電力だって、被災者には何も責任が取れていないのが現状だ。

汚染水だって溜めることしか方法が無いのか(?)。

1号機、2号機、3号機は、いまだ手付かずの現状。

見ているだけで悔しいね。
2014/03/13(木) 11:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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