スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。
千葉でオレが投票した人は、トップ当選じゃなかった。

で、ふたりの知り合いが、見事に当選した。

ひとりは、福岡の「めんたいワイド」でご一緒していた司会の古賀ゆきひとさん。

民進党から立候補、福岡選挙区で見事初当選。

彼からは「東京での再会を楽しみにしております」と返信。

また、東京比例区で民進党から立候補。

2度目の当選を果たした有田芳生さん。

6年間の実績が評価されたんだろうな。

「残された6年間を『悠々として急げ』の精神で進みます」と。

連絡先は知らないけど、もう一人、知ってる人がいたんだよね。

北海道地方区の徳永エリさん。

彼女は、ハワイで出会ったリポーター。

TBS時代は知らなかったが、結婚してハワイで、VTRの取材会社でご主人と共に働いていた。

自分を持ったハッキリした人という印象だった。

その彼女が、夫と離婚して生まれ故郷に帰ることにしたのは、だいぶ後に聞いた話だった。

夫は、オレが出演していた番組「ザ・ワイド」の芸能デスクとしていたこともあったが、あまりの評判の悪さに、いつの間にか消えていたと言う人物。

離婚した徳永さんは、6年前に参議院選挙に立候補。

当選していたのだ。

何回か、連絡してみようと思ったこともあったが、それッきりになっていた。

再び当選。

皆さんおめでとうございます。

国民のために働いてくださいね。

間違っても、経費で「クレヨンしんちゃん」の漫画を買ったり、家族旅行をしないように「あるわけ無いじゃん」と言う声と、コブシが飛んできそうだね。
2016/07/12(火) 10:52 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
突然、と知事選に立候補を匂わせ、土壇場で断念してしまった石田純一(62)さん。

CMの差し換え料や違約金、テレビ番組の出演中止など、たった3日間で石田さんが追うことになった負債は大きい。

ここまできたら、いっそのこと先に進んだら良かったんじゃないのかな。

で、その石田さんは、やっぱり人がいい。

「夕方記者会見をします」と言っておきながら、フジテレビと日本テレビの相次いで電話出演。

「都知事立候補中止」の会見を言ってしまった。

テレビで発言するならば、会見はいらなかった。

それだけ石田さんはいい人なんだ。

市民団体に後押しされ、奥さんの理子さんの「反対」も考えないで先に進んでしまった石田さん。

これで最後の「後出しジャンケン」で、立候補したら凄い。

自民党が割れて小池百合子さんと増田寛也さん、ハッキリしないが民進党が古賀茂明さん、その他、宇都宮健児さん、山口敏夫さん、中川暢三さん、桜井誠さん、立花孝志さん、マック赤坂さん、上杉隆さんらがいるが、自民党が割れたいま、石田さんの目はあると思うね。

知名度で、18歳19歳の若い有権者、子育て世代を取り込めば、知事になれたかも。

こっちが見たくなった。
2016/07/12(火) 10:50 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「可愛い花」「ふりむかないで」「恋のバカンス」など1960年、70年代を代表する双子姉妹・ザ・ピーナツの妹・エミさんが、5月18日に亡くなっていたことが明らかになった。

75歳だった。

死因は肺炎だったようだが、葬儀告・別式は近親者で済ませている。

姉のユミさん(享年71)は、2012年6月に亡くなっていた。

関係者に取ると。エミさんは、ここ数年は、体調を壊し入退院を繰り返していたようだ。

ユミ・エミ姉妹は、名古屋のナイトクラブで歌っていたとこをスカウトされ、ザ・ピーナツとして1959年に「可愛い花」でデビュー。

瞬く間にスター歌手の仲間入りを果たす。

テレビのレギュラー雁組み「シャボン玉ホリデー」の司会を担当、クレージーキャッツと共に日本の芸能界を引っ張る役割を担うことになった。

このザ・ピーナツの活躍で、半年後には、違うジャンルを歌う双子の姉妹・こまどり姉妹もデビューすることになる。

華々しいヒット曲を持ちながら、75年に突然の引退発表。

その後は、マスコミに登場することは全く無かった。

引退は、姉・ユミさんの結婚だった。

同じ事務所に所属していた歌手・沢田研二さん(68)との結婚。

当時、事務所関係者は、オレの質問に「事務所の方針。人気歌手のふたりのうち片方が結婚したら、引退しなきゃ。それがファンに対する礼儀」と言っていたから、結婚・引退と言う事に繋がった。

しかし、事務所は、ふたりの結婚を比叡山延暦寺で行い、そのコンサートで、沢田さんとユミさんの結婚を発表させるという演出も行った。

沢田田さんは、ザ・タイガースのボーカルを務めていたが、71年にソロ歌手として「君を乗せて」でデビュー。

「あなただけでいい」「危険なふたり」が大ヒット。

7年間の交際を実らせてユミさんと結婚。

それに対して、生涯独身を貫いたユミさん。

沢田さんは、82年に公開された映画「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」で恋人役を演じた女優・田中裕子さんとの不倫愛が発覚する。

不倫の時期は7年。

沢田さんは、慰謝料約18億2千万円を支払い87年1月にユミさん離婚。

2年後の11月、沢田さんは、田中さんと再婚した。

ユミさんは、離婚した姉・エミさんと、沢田さんとの間のお子さんとの3人の生活が続くことになる。

姉の結婚で芸能界を引退。

3人での変則生活。

ユミさんは、何も話すことなくこの世を去ってしまった。

引退後、一度も公の場に姿を見せなかったザ・ピーナツは、当時の歌声と共に、ファンにとっても崩れることの無い永遠の魅力になっていくのだろう。
2016/07/12(火) 10:49 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。