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親戚付き合いしている埼玉・三郷の「ごくうラーメン」の清ちゃんが亡くなった。

ホントにピンコロ。

オレの理想のピンコロだった。

ラーメン屋の大将・米森さんから連絡を頂いたのは11月26日だったかな。

「清ちゃんが亡くなったんです」と。

聞くところによると、11月23日の午前3時に店が終わり、清ちゃんは仲間と飲みに行ったそうだ。

翌日が休みだから、恒例になっていたようだ。

そして翌日、大将の長男が、サザエを店で焼いていたところに清ちゃんが現れた。

サザエを食べて、また仲間と飲みに行ったらしい。

一軒目、2軒目とメンバーが変わった。寿司屋だったり、居酒屋だったりした。

そして、飲み続けた最後の店が焼く肉屋だったそうだ。

トイレに立った清ちゃんは、そこで前のめりに倒れてしまう。

仲間が慌てて救急車を呼んだ。

救急搬送された病院で死亡が確認された。

心不全だったようだ。

彼の身内を探したが、なかなか見つからず、兄弟と連絡が取れて、兄弟や大将一家ら7,8人で荼毘に付した。

そのお別れ会を8日に大将が開いた。

「夕方6時から、小さな祭壇を作って、知り合いに焼香してもらおうと思って。最終電車が到着する後まで開けて起きます」と、大将から連絡が来た。

この人は恩とにいい人で、人望も厚い。

オレも10時過ぎにお線香をあげに行った。

オレも大将も清ちゃんには長く付き合っている彼女がいたと思っていた。

「2年前に別れていたみたい。なのに、なくなる前日も“帰って犬の散歩させなきゃ”何て言っていて。別れたこといえなかったのかな。清ちゃんの携帯に入っていた連絡先にメールをしたけど、無しの礫だった」と、大将。

見栄を張っていたのかな。

弔問のお客さんが切れず、翌日福岡に行く仕事があるオレも、仕事を忘れて深夜場で付き合ってしまった。

そして、オレの大親友だったラジオディレクター・古田和広さんが、あの世でも食べるのにも困っている姿を見かけたら「清ちゃんが作る美味しい中華料理を食べさせてあげてね」と、お願いした。

古田さんが亡くなって5年はたったかな。

古田さんは、清ちゃんが作る中華料理が好きだったからね。
2015/12/10(木) 11:01 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
今週ぐらい多くの芸能人に会った週は無いかも知れない。

先週の土曜日、甥っ子を連れて中山競馬場に行った。

キタサンブラックと言う馬で、今年の「菊花賞」を勝ったことでも有名な北島三郎さんが競馬場に来ていた。

北島さんの2歳愛馬が、初めてレースに出走。第3コーナーで、後ろにいた馬が、直線だけで、馬込みを割って抜け出してきて1着。

そのウイナーズサークルに北島さんがいた。

スタンドから観ていたオレは、北島さんの元に走った。

ウイナーズサークルでは会えなかったが、その後の貴賓室に向かう北島さんに会えた。

「あれ、どうなっちゃったの、と思っていたら凄い脚だったね」と嬉しそうな北島さん。

「この後、阪神でも使っているから」と、別れたが、残念ながら、その後の馬は馬券に絡むことはなかった。

そして、月曜日。

新橋演舞場で「舟木一夫特別公演」だ。

恒例になっている舟木さんとのトークショー。

新橋演舞場の花道を駆け巡る芝居で、いつまでもお若い。

ステージの上に綺麗に並ぶファンからの贈り物。

12月12日は、71歳の誕生日だから、ステージの上のプレゼント用の台は、乗り切らないほどになるんだろうな。

そして、気が付いたことがあった。

舟木さんのヒット曲は、年を重ねてきた人とピンポイントで繋がる曲が多いという事。

「高校三年生」を歌えば、ファンも高校三年生を思い出す。

「学園広場」を歌えが、その時代の戻れる。

橋幸夫さんの「潮来笠」や都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」などは、その時代に戻れるが、幅が広い。

だから、舟木さんのヒット曲は、より身近に感じられるんだろうということ。

その夜、「ビーライン」という会社のイベントが、東京プリンスホテルで開かれた。

水素水を作る機械を販売している会社で急成長している。

このディナーショーのゲストが山本リンダさんだった。

とにかく凄い。

60ン才というお歳で、ホットパンツを穿き、あのヒット曲「狙い撃ち」をステージ狭しと♪ウララ、ウララ、ウラウラよ~と踊りまくる。

あの独特の舌っ足らずの話し方も変わらない。

何処のあのパワーがあるんだろうか。

で、火曜日は、創立48年目を迎えている大手興行会社「アイエス」の忘年会。

こちらも業界関係者で一杯だった。

そんな中で、まずは三田明さんにご挨拶。

オレのラジオ番組「勝手に演歌応援団長」に出演してくれることになった。

そして、西郷輝彦さん。

「元気?」と声を掛けられて、西郷さんも元気そうに見えた。

平尾昌章さんは「僕は歌手なのに、歌手と思っている人がいなくなった。歌手ですから歌いたいな」だって。

小柳ルミ子さんの「わたしの城下町」、五木ひろしさんの「よこはまたそがれ」、アグネスチャンの「草原の輝き」などの大ヒット曲の作曲家として有名だが、「星は何でも知っている」「ミヨちゃん」などを歌って大ヒット。

米国のカヴァー曲「ダイアナ」「悲しきインディアン」「恋の片道切符」の大ヒットさせた歌手だ。

「去年は、病気になってしまいましたが、いまは大丈夫です。元気になりました」と言っていたが、皆さんは、ホントに元気。

なかなか会えない人に会えて良かった一週間だったな。
2015/12/10(木) 10:59 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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