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2泊3日の福岡・熊本の旅の帰りは午後9時。
羽田から門前仲町に向かう。
7時半から「キャッチ」の同窓会が行われている。
番組が消滅して20年。誰が来るのだろうかと楽しみにしていた会だ。

前の週は「ザ・ワイド」の同窓会。
このときと同じで平島泰憲さんが幹事。懐かしい顔が並ぶ。
キャスターだった辻昌子さんや週刊女性の記者夫人になった八森さん、チーフプロデューサーだった中俣さん、プロデューサーの萩原さんら。竹沢も田中も上島の顔もある。「僕、分かりますか?」と言われたが、全く分からなかったら「土肥です」だって。すっかり親父になっていた。人のことは言えないけどね。半分はテレビの仕事を続け、半分は違う人生を選んでいたようだ。局員もいたけど、みんな偉くなっているんだろうな。

着いたのが10時を回っていたから、みんなとちゃんと会話が出来なかったが、また会いたいな。そうだ、まだ叔母さんリポーターとして頑張っている川内天子さんもいた。
2012/04/29(日) 10:29 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
友人の沢柳則明さんに誘われて、熊本の超有名人だったばってん荒川さんの墓参りに行くことになった。

熊本駅の近くにあるお寺。
ばってんさんが亡くなってすでに5年半が経つ。10月22日だったと思う。

大昔、歌手の水前寺清子さんが熊本城で挙式したとき、オレは「キャッチ」と言う番組で、中継をすることになった。そのときの夜をセッティングしてくれたのがばってんさんだった。馬刺しと馬の焼肉。食事の後のカラオケクラブ。閉店近づき、店のママが「早く行っていただかなければ。女性がお待ちですよ」と、耳打ちしてきた。何とソープランドまでばってんさんが予約を入れていたのだ。慌てて断ることになったが、ママが「困りますよ。ばってん先生に叱られてしまいます」と、言い出した。
全員で行くのは断ることにして、日本テレビの社員ディレクターが行くことになった。彼が「行きたい」と、手をあげたからだ。「招待になっちゃダメだぞ」と、送り出したが、その費用もばってんさんの支払いだった。

この世の楽しみはすべてばってんさんに奢ってもらった。
そんなことを思い出しながら墓参り。
どんな思いで迎えてくれたんだろう。

オレの母親の命日も近い、と感じ、命日は三越劇場の初日だから早めの墓参りを決めた瞬間だったね。
熊本の繁華街の名店「紅蘭亭」で、名物の太平蒸を食べる。
沢柳さんは「熊本にきたら、これを食べなきゃ来たことにならない」と言う。
ビーフンで作られたチャンポンみたいな味だ。具が多い。蒸し餃子と皿うどん、大平蒸をふたりで分けて昼食。熊本城を案内すると沢柳さんに言われたが、天守閣の階段はきついから辞めておいた。
2012/04/29(日) 10:27 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
福岡放送の局長に食事に招待していただいた。
なかなかおしゃれな店だった。

店内に入ったときに、料理が好きな友人の家に招待されたような雰囲気になった。店の真ん中に大きなテーブル。「いらした方から、料理教室のような店ですね、とか、家庭みたい、とよく言われます」と。3人の女性が料理を作り運んでくる。

この日は、何人での食事会かは聞いていなかったが、先に着いて4人の席だと分かった。すでにお皿に盛られた料理が並ぶ。大きなお盆に12種類の前菜。一つ一つ素材も調理方法も違うのが分かる。刺身が出てきて、肴のあらだき、鳥肉のふくめ煮(?)などが運ばれてきた。

ご一緒した「夢工房」の社長は、局長の古くからの友人で、週末のヨットで博多~対馬~釜山に渡るという。「いまは引退して、時々、ヨットを係留している福岡に来て楽しんでいますよ」だって。優雅な生活だ。

この会食は4時間も続いた。美味しかったけど、店の名前を忘れてしまった。
箸袋など、持ち帰るものがなかったからな。
場所は分かるからまた行こう。
2012/04/29(日) 10:24 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
何かと忙しい。
福岡に二泊という強行スケジュールの関係かもしれない。

そんな中で、3日4日の東京・日本橋「三越劇場」の舞台。
手話でつづる舞台、は~とふる・はんど第11回公演「こんにちは あかちゃん」の稽古が始まっている。
日曜日の昼から参加させていただくことになっているが、まだ台本もちゃんと読んでいない。この状況を知ったら、企画・演出・主演の山辺ユリコさんもビックリしちゃうだろうな。

なんといっても、稽古が出来るのは日曜日の昼2時間と月曜日の11時からの4時間だけだ。2日に三越劇場で通し稽古があるが、福岡にいっていて間に合わない。オレだって恥をかきたくないし、後ろ指をさされたくない。何としても頑張りたいな。

チケットがまだ余ってるようだし、オレの宣伝も足らなかったかも。
2012/04/29(日) 10:20 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
東京・門前仲町の居酒屋「海紅厨」という店に行った。週末に「ザ・ワイド」の送別会を開いた場所だ。もつ鍋が美味そうだったし、その他のつまみも食べてみたくなった。宴会ではなかなか食べられないけど、少人数なら手を出せる。

最近はいろいろなもつ鍋を頂くが、まるちょう、しまちょうだけのもつ鍋は珍しい。ギアラなど安い部位が多く入っている鍋ばかり。ここのはぎっしりとしまちょう、まるちょうだ。

芋焼酎「冨乃宝山」を注文したら、一升瓶で出されたのにはビックリ。一升瓶しかないんだ、と思ったら、別の従業員が「すいません、お取替えさせていただきます」だって。あるんじゃないの。ところが、この日の人数は7人。ビールだけの人もサワーの人もいる。キープしてもらえればいいかと思っていたが、11時を回るころには空いていた。みんな良く飲むね。帰りがけ、前の週の「ザ・ワイド」同窓会の幹事・平島泰憲さんが入ってきた。「先日のお礼に来たんですよ。いろいろ安くしてもらったし」だって。この店は、間違いなくオレも常連になるね。マグロのトロもサラダも美味しかったしね。あ、オレには基本的にトマトがあればいいんだけどね
2012/04/25(水) 16:11 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
久しぶりに浜博也さんが、ラジオのゲストだった。東京ロマンチカのボーカルになって30年。今年デビュー30周年を迎えている。

「大学のとき、僕がリーダーになって『テレビに出る部』を立ち上げたんです。部員は10~2名。みんなで素人参加番組のオーディションに応募しました」という浜さんだが、誰一人オーディションに受からなかった。1年が過ぎた頃、次の新入生を勧誘するのに、実績がないと人が来ない。「みんなが、僕の歌がうまいと言うことになって」。「街角テレビ」だった。

「銀座・三越の裏にあったスタジオで収録。田舎ものの僕たちみんなで、銀座に行った」という興味だったが、浜さんは見事グランプリ。審査員をしていた東京ロマンチカのリーダー・鶴岡雅義さんにスカウトされメンバーになってデビュー。グループでは10年経験した。

「最初から大きな舞台だったし、ファンがいた。女性に『あんたの歌、色気がないわね』なんて言われて、先輩の三条正人さんと比較されたりもしましたが、数年後には、その女性に『いい歌になったね』と言われたこともありました。歌手になったときは20歳。山形の田舎もので恋もしたことがなかったんですから」と、昔を思い出して笑った浜さん。ソロ歌手になってから20年。

「歌手を辞めようと思いましたよ。一人では出来ないと。そんな気持ち歌手に向かわせてくれたのはいつもファンの方でした。『あなたの歌に勇気を貰った』と言うもの。何度も救われましたよ」に30年続けてきた喜びがのぞいた。

新曲「情け雨」は、彼にとって始めての演歌。「正直、売れてます。いままでソロで歌ったどの曲よりもいい。すでに2万枚。倍まで行く自信があります」だって。倍になったら5倍にも10倍にもなるかもね。
2012/04/25(水) 16:07 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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