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朝起きると腰が痛い。痛いのを我慢して仕事先に向かう。行った先ではついつい飲んでしまう。最近は下町が多く、江東・木場の焼き鳥屋。「美味しいから」と、レインボータウンFMの小嶋社長に誘われ、ついつい金町の「伍味酉」を裏切ってしまった。オレにとっては焼き鳥と言えば「伍味酉」しかなかったのに。小嶋さんが言うように確かに美味かった。これからは木場の「鳥和」も食べる焼き鳥の仲間に入れよう。

そして「鮨日友う勘」で仕上げのいっぱい。普通はここで帰るよね。電車に乗ろうとしたら、板前の親友・稲田洋ちゃんから電話。新橋で飲んでるという。さすが新橋まではいけない。東京駅の架線したで待ち合わせることにした。一年に一度、東京・新島に行く仲間だ。ついつい飲みすぎるが、この頃になると腰が痛いことも忘れる。酒で麻痺しているのだろう。朝起きるまで痛くないのだ。

そして朝の激痛。整骨院に向かう。前日も福岡からの帰りに、新橋の「桃太郎」で飲んで、六本木にまで行って、帰りは3時過ぎだった。オレは、ほんとに元気な老人だ。福岡空港のラウンジで芋焼酎の水割り2杯、飛行機でワインと芋焼酎水割りを飲んでたからな。
2012/04/06(金) 16:09 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
小林幸子さんのお家騒動は、ついに火を噴いてしまった。こうなることは誰にでも分かることだが、さっちゃんには分からなかったのかな。

歌一筋で50年、多くの人に支えられた人生だったことは違いない。そのひとりが、事務所の社長であった関根さん、そして、彼女の興行を支えてくれていた「沢田企画」の社長夫人。専務だった人である。ふたりは身を粉にしてさっちゃんを支えていた。ずっと見てきて、オレには良く分かっていた。大阪ローカル番組「す・またん」のインタビューに応じたが、それ以降どこからも来ない。まあ、それはいいとして、信頼関係の破綻が、ふたり解雇につながった。このことが何を意味しているのか。さっちゃんの過去をすべて知ってる人たちだ。仕事だけじゃない。恋愛だってなんだって。対立してしまえば、そんな話もボロボロ出てきてしまう。

関根さんは「33年間も一緒にやってきて。どうなったんでしょうか。ボロ雑巾のように捨てられて。でも、さっちゃんがつぶれるのは見たくない」と。真実かもしれないが、虚しさから怒りに変わってしまうかもしれない。NHK「紅白歌合戦」の衣装も、軽い素材で作りたいと、市川猿之助さんのところに相談に言ったのも、関根さんだったし、紹介したのはオレだった。歌手が、ファンやお茶の間の視聴者に夢を与えてきたのだ。ステージで歌うスター歌手が、見に来たお客さんより安い着物でステージにたつわけにはいかないのだ。高いな、と思ってもそれがスターたちの努力なんだ。「武士は食わねど高楊枝」なのだ。幸い、さっちゃんの収入は、それをはるかに越えていた。さっちゃんの努力も歌唱力もあったろうけど、作ってくれたのは、関根さんだったし、沢田さんだったのだ。

退職金をめぐっての裁判になるのだろうけど、円満退社ということなら、33年間の労を金額に変えても良い。退職金5千万円?いまの小林さんなら容易い学だ。これで過去のスキャンダルが、すべて消えてしまうなら。スターの身内が、口を出すと大体失敗してるよね。
2012/04/06(金) 16:04 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
歌手・小林幸子さんの社長解任騒動が表面にでてしまった。事の発端は、小林さんの結婚だった。

小林さんは、昨年11月に5年間交際してきた9歳年下の医療関連会社の社長・林明男さんと結婚した。小林さんにとって、約30年間も社長兼マネージャーを務めてきてくれたSさんよりも大切な人が現れてしまったのだ。婚姻届が出された直後、林さんが、事務所の経理を「見せろ」と言って、事務所に乗り込んだ。「事務所の経費が掛かりすぎている」「衣装代が高い」などと、経理担当の専務や代表の社長にクレームをつけだした。小林さんとSさんの信頼関係が破綻した瞬間だ。「オレだったら、『紅白』の衣装代は、3分の1で出来る」と、社長、専務の不正経理を正すことになった。

ふたりは、小林さんとの信頼関係で「不正などあるわけがない」と主張するが、小林さんはご主人の意見に賛成した。売り言葉に買い言葉で、ふたりは首を切られることになった。「辞めたいならどうぞ」と言う一言で「言い出したのは貴方たち」と、退職金もなく解雇に。

ここで問題なのは、芸能事務所に芸能界の知識が無い人が入ってくるとどうなるかと言うことだ。「スターが生まれると親戚が増える」と言う諺もあり、いろんな人が出入りする。普通はここ止まり。仕事に口出しすると、タレント生命も脅かされる。約1ヶ月前、Sさん解雇の話を聞いた。Sさんは「林さんの関係者が、会社に来て私たちを監視している。威嚇されてる感じですよ」と、恐怖を口にしたこともあった。「(芸能界のドンに)相談してるんです。50周年を迎える幸子が、ダメになると」と。オレは、ドンに電話を入れる。「かわいそうだけど、夫婦の問題だからね。入れないよ。別なことなら相談に乗れるけど。記事にしたら」と言われた。たしかに夫婦の問題だ。Sさんの「3月いっぱいは待って」の言葉で、周囲には黙っていた。ところで、小林夫妻は、結婚して新居がない。「家を建てる」「マンションを買う」と言う話もあったが、小林さんが両親のために建てた家を改装して新居に当てると言う。お金が生んだトラブル。「サツちゃんはね~」の3番にこんな歌詞がるそうだ。

「サッちゃんがね 遠くへ行っちゃうって ほんとかな 。だけど ちっちゃいから ぼくのこと 忘れてしまうだろ 。寂しいな サッちゃん 」と言うのがあるらしいが、小林さんが、今回のことで、50周年もNHK「紅白歌合戦」からも消えてしまうのは寂しいな。歌手にとって金銭トラブルはタブーだから。まだ書ききれてないから、何処かの雑誌にコメントしよう。林さんの目的は?
2012/04/06(金) 16:00 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
ついに腰が壊れた。

今週の7日はオレの「ビンちゃん会・お花見ゴルフコンペ」がある。

前日、栃木・小山の中島一男社長とのゴルフもあったが、こちらは、13日に延期になり、オレのコンペに力が入っていた。

おそらくその日は8部咲きの桜の下でプレーすることになる。

ずっと我慢していたが、昨夜、新橋駅で、落し物をして拾おうとして、歩けなくなるほど腰に痛みが走った。

覚悟を決めて、整骨院に行った。

院長に丁寧にマッサージをしていただき電気治療も。

シップを貼って治療院を出たが「少しに間、腰に負担をかけないで下さいよ。ヘルニアになる一歩手前ですから。ここでちゃんと治さないと」という院長の声が残った。

一生のことだから、歩けなくなったら困る。

かって、目のレーシック治療を受けたとき、先生の「安静にしていた方が」と言う言葉を無視して、忘年会に行ったこともあったけど、歩けなくなるのは困るもの。

皆さんには悪いが、ゴルフ場には行きますが、欠席させていただきましょう。
2012/04/04(水) 12:16 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
古くからの知り合いのロス・プリモスの上野旬也さんから「新曲が出たからラジオに呼んで」と、電話があったのはいつの頃だったのだろうか。

すぐにスケジュールを頂いて出演していただくことになった。

ビックリしたのは、当日、上野さんはロスプリをクビになっていたという話だった。

黒澤明とロスプリモスとして昭和40年代に「ラブユー東京」「たそがれの銀座」など数々の大ヒット曲を持つムード歌謡のグループだ。

黒澤さんが倒れて引退、その後、ロスプリモスとしてをリードボーカルを森聖二さんと上野さんで続けてきていた。

ロスプリの名を残してきたのは、黒澤さんの復帰をメンバーが待っていたからだった。

しかし、09年4月、長い闘病生活を続けていた黒澤さんが亡くなり、その年の9月にはリードボーカルの森さんも心筋梗塞で倒れ、亡くなってしまった。

残されていた7ヶ月のスケジュールは、上野さんが担当してすべてのスケジュールを消化した。

ところが、ここから問題が生まれた。

グループには、ロスインディオスにいた永山こうじさんが新加入して、新生ロスプリとして、レコード会社も変わってスタートを切った。

10年だった。

ロスプリの中で、上野さんがいなくなってロスプリが続くというのは考えられない。

二代目のボーカリストだったのだから。

何か大きなトラブルがあったのだろう。

「クビになっただけ」としか言わないが、作曲家の中川博之さんやクラウンレコードが、新生ロスプリに、いままでロスプリが歌っていた大ヒット曲は、レコーディングさせないと言うところに、トラブルの大きさが伺える。

で、その上野さんは、クラウン35周年記念歌手の青山かおるさんと「ノーチェ・アルバーナ」というユニットを組んで新曲「東京の夜はムーチョ」を発売した。

もちろん、中川メロディー。

ロスプリの匂いのするムードユニットになっている。

期待したいね。

オレのラジオ出演で、ふたりに長野県の女性から花束が届いていたよ。
2012/04/04(水) 12:14 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
友人の馬が出走する阪神競馬場に誘われ、OKを出していたが日にちを間違えていた。

日曜日だと思っていたら、土曜日の阪神。

9時40分発の新幹線「のぞみ」に乗りはずだったが、乗っていないオレに電話。

ここで初めて間違いに気づいた。

申し訳ないことをした。

で、阪神のメーンレース。第4コーナーを回って、外から快調に伸びてきたと思ったら、内側の馬と接触。

デザーモが騎乗したアドバンスウェイは、走る気を無くしズルズル後退してしまった。

残念だったな。

ダート路線のオープン馬には、出走するレースがなかなか無いのが実情。

あったとしても抽選だからもれることも多い。

限られたれレースを勝ち上がらないと次にいけないからね。

次のチャンスには、大きく飛躍して欲しいね。

阪神にはいけなかったが、中山では出て欲しい。

該当レースがあるのかな。
2012/04/02(月) 11:28 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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