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レインボータウンFMの小嶋社長が、東京・神楽坂に「和DINING月」をオープンさせた。和食が楽しめる場所だ。牛込警察署の隣にあって、大江戸線・牛込神楽坂駅から歩いて3分。

刺身も天ぷらも和食といわれる肴は一通り揃っているが、お勧めは博多・源のヘルシー明太子だ。辛子明太子が、おからに包まれている逸品。酒もご飯も何杯もお替りが出来る。近くに雑誌社もあるから今度、記者との待ち合わせに利用しよう。気に入ってもらえると思う。

それにしても、小嶋さんは仕事を広げるのが好きだ。本人も「最初は一生懸命になるんだけど、すぐに飽きちゃうからね」と言っていたが、商売は上手だ。東陽町の2月にオープンさせたイタリアン「1と2分の1」は、大繁盛している。「 ずいぶん飲食店を経営してきたけど、失敗は無かったですよ。ここ数年は、他の事で手が回らなかったけど、始める以上は成功させますよ」と、自信満々。食べるものが美味いから、客は来ると思うね。
2013/04/30(火) 15:08 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
ラジオのゲストは北野まちこさん。
新曲「立待月」のキャンペーンで忙しい日々を送っているデビュー25年を迎えた歌手だ。

青森・弘前生まれ。ちょうど桜満開の時期だ。「今日、母と話しましたが、まだ、咲いていないようです。大分遅れているみたい」と。東京は約2週間も早く、弘前は1週間以上も遅れている。異常気象だね。ゴールデンウィークといえば、弘前の桜が満開、というのが常だった。

高校を卒業したら介護師の資格を取って、と考えていた北野さんの運命を変えたのが1曲のカセットだった。「歌が好きだった父が、自分で歌おうと作曲家・岡千秋先生の『包丁一代』のカセットを買ってきて練習していました。そこ音が違うのに、とかダメだししているうちに歌えるようになって」と、カセットについていたカラオケ大会応募券に自分で書いて送ったんです。歌も自分で収録して」。
東京に呼ばれて決勝大会。見事、グランプリに輝いた。
「包丁一代」でデビューした。

「秋には、25周年記念のディナーショーを開きます。内容はこれからですが」と、笑顔を見せた北野さんは、いま、全国の城巡りにはまってる。「お城が出来たときの時代背景を考えるのが好き」だって。きっと、いつかは写真集などの形になって見ることが出来るかも。
2013/04/30(火) 09:42 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
ウクレレ漫談の牧伸二さんが亡くなった。
それも、自宅近くの多摩川に架かる丸子橋から身を投げたという。
♪あ~あ、やんなっちゃった おどろいた~のフレーズで一世を風靡した人気者に何があったのだろうか。

02年に脳梗塞で倒れたこともあったが、見事、復活していたし、仕事も順調だったそうだ。最近は酒も飲まなくなっていたようだが、数年前までは、よく、酒宴に誘われていたという形態模写のパーラー吉松さんは、牧さんが自殺する半日前に、浅草・東洋館の楽屋で顔をあわせていた。

「演芸協会の会長として、みんなに挨拶して、御徒町の営業先に行きました。普通に話をしましたよ。2時ごろに、楽屋にお付がウクレレと衣装を持ってきて。いつものことで、近所の喫茶店に寄っ てから来るものだと思っていました」と、吉松さん。牧さんが会長で、吉松さんは理事という関係だ。

4時過ぎの出演時間になっても牧さんは楽屋に現れない。心配した関係者が、心当たりの喫茶店を探し出す。一軒の喫茶店を探すのには時間が掛からなかった。その喫茶店に、牧さんは3時までいたそうだ。店に人も、普段と変わらない牧さんが「東洋館に向かった」と、思ったらしい。そこから、29日の未明まで消息が分からずじまいだった。

吉松さんは「全く思いつかない。これからご自宅に行って。信じられないです」。その吉松さんに、オレのラジオ番組「勝手に演歌応援団長」に生電話で出演していただき、、29日に牧さんの昼の様子を話していただいた。彼のショックも大きそうだった。
2013/04/30(火) 09:39 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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