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大相撲の北の海理事長が、亡くなった
またまた{ピンコロ」だ。
大相撲の北の海理事長が直腸がんによる多臓器不全で亡くなった。
62歳だった。
九州場所が行われていて、19日まで公務を続けていたが、20日の朝、救急車で緊急搬送され、夕方の容体が急変して帰らぬ人になってしまった。
史上最年少の21歳2ヶ月で横綱になった記録保持者。
他にも輝かしい記録を残して1985年の初場所で引退。
一代年寄り「北の海」を名乗ってその年の11月に「北の海部屋」を立ち上げた。
02年2月に48歳で理事長に就任したが、相撲界の八百長問題や大麻問題などに弟子が絡んでいたこともあり理事長も理事も辞任。
再び、2012年1月に理事長に復帰していた。
現役時代は「憎らしいほど強い」と嫌われていたが、オレは、その強さが好だったな。
理事長としても、バランスの取れた発言をしていてオレは大好きだった。
九州場所10日目に、横綱・白鵬が対戦相手の栃煌山に「猫だまし」(相手の目の前で両手をパチンと手をたたくこと)を仕掛けたことで、理事長は「やるってのは、なかなかありえない。やられる方もやられる方だけど、やる方もやる方。横綱としてやるべきことじゃない。横綱がやるのは前代未聞なんじゃないの。拍手がないじゃない。お客さんはどう見ているか分からないけれど・・」と苦言を呈していたが、たしかに観客は、あっけにとられていた。
当の白鵬は「楽しかった」と満足げ。
「やぐら投げと猫だまし。今場所は記録じゃなく記憶に残るでしょうね」と強気に言っていたが「横綱としてやるべきじゃない」という理事長の“遺言”を、今後の白鵬は、どう聞くのだろうか。
一度もお会いしたことは無かったが、オレの中では、栃錦さんと大鵬さん、北の海さん、旭富士さんが記憶に残る横綱だったな。
あ、旭富士の伊勢が浜親方は健在ですよ。
伊勢が浜親方の優しさと人のよさが好きだな。
ところで、次の理事長は誰だろうか。
北の海さんのような人がいるのかな。
伊勢が浜親方が良いけど、体調がよくないからな。
2015/11/24(火)
10:59
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こんな日って、あるんだと、思った、1日だったね
こんな日ってあるんだと思った1日だったね。
東京・新橋第一ホテルのラウンジでの待ち合わせから始まった日。
最初の相手は、予定通りに12時に。
そして、次は、2時からの新橋ヤクルトホールでの演歌歌手のコンサート。
時間があったので、銀座の友人の会社にご挨拶。
近く、大きなスクープになりそうな話をゲット。
芸能人という意味じゃなく、芸術という意味だけどね。
きっと社会面を大きく賑わすことになる。
そしてコンサートを聴き、打ち上げに誘われたが、行きたい場所が二箇所あって。
最初は新橋演舞場。
訪ねた人は、大阪出張中。
12月の舟木一夫さんの公演で3回のトークショーが予定されていて、その打ち合わせもしたいと思っていたのだ。
そして、近くにある時事通信ビルの9階にある福岡放送東京支社。
こちらも訪ねたら、相手は福岡出張中だった。
銀座に戻って、友人と会食。
彼は、プロ野球のプレミアの日本・韓国戦を観たいといって帰宅。
オレは、この日解禁されたボジョレーヌーボを飲みたくて、彼がオーナーを務めるクラブ「ルフラン」へ。
女性に囲まれ楽しく飲んでいたら、友人からメール。
「神田で待ち合わせをしていて、食事をしようとしてるけど」と。
銀座のすし店で合流。
演歌歌手の打ち上げに顔を出すといっていたのに連絡がない。
テレビ局の人と構成作家がいたんだから、紹介するには良い機会だったのに。
そうめぐり合えないチャンスだったのにな。
で、今日は、昨日、新橋第一ホテルであった友人の就職先の問題。
無断欠勤して、挙句の果てが入院。
人間関係が壊れてしまっている仲をオレが取り持つことになっている。
上手くいけば良いんだけどね。
2015/11/20(金)
10:59
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久しぶりに、堪能した
オレに博多といえば、生鯖と胡麻鯖。
久しぶりに堪能したね。
ホントは、九州場所が開かれていて、オレが顧問をしている「大嶽部屋」か、友人の沢柳則明さんが、関係している「伊勢が浜部屋」のチャンコを食べに行く企画があったが、直前でホテルが取れなかったことも大きい。
「大嶽部屋」の会長・小嶋映治さんが、福岡に来ることを中止にしたことで、宿を取るのを怠っていたのだ。
ただ、何処の都市もホテル不足は深刻だ。
来週は、水曜日と木曜日に福岡に泊まることになっているが、この予約は、今年の4月の時点でとっている。
来週じゃ、九州場所は終わっているものね。
で、この夜は、生鯖2人前、胡麻鯖1人前、生たこ刺身1人前、ジャンボロースかつ1人前、牡蠣酢3人前。
間宮久美子リポーターと有吉プロデューサーの3人。
1時間だけだったが、充実した夜だったね。
店の大将・田中さんは、いつも大サービスしてくれる。
尾頭付きの鯖の刺身には、必ずといって良いほど、マグロの大トロの刺身がついてくる。
トロだけだって1人前はあるからね。
で、6時を回って慌てて空港に向かう。
2015/11/19(木)
10:59
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最近、ホントに、あの世を、考えさせられるようになったね
親友の村田陽一さんの妻で女優の生田悦子さんから「大変なの。トニー(生田さんは、夫をトニーと呼んでいる)さんが、救急車で病院に行ったんです」と、電話が入った。
福岡空港に着いた直後だった。
福岡にいることを告げると「夕方電話くださいね」という事で電話を切った。
すぐに、社員の桜井丈晴くんに連絡を入れる。
「原因が分からないんですけど、すぐに迎えに来てく、と言う連絡が来て。生田さんを迎えに行ってます」と言う。
それから2時間。
桜井くんからメールが来た。
「取りあえず村田さんは大丈夫です。不整脈で心拍数が上がったみたいで今は落ち着いていいます。入院の必要もありません」と。
だいたいオーバーなんだよ村田は。
で、忘れていて、帰りの福岡空港から電話した。
生田さんは「ご心配かけてすいませんでした。大丈夫です」と生田さん。
代わった村田さんが「不整脈が出て。病院に行きました。大丈夫です。ご心配かけて」と言ってたが、心配はするけど、良いチャンスだったんじゃないの。
「ピンコロ」の。
羨ましいよ。
「ホントに危なかったんだよ」と。
たしかに、突然に逝ってしまったら、悲しいし、つらいことだけど、本人にとったら楽で良いんじゃないのと。
村田さんは「たしかに言える」と笑っていたけど、彼はまだこの世に未練があるんだろうな。
最近ホントに、あの世を考えさせられるようになったね。
健康が一番だけど、健康じゃなくなったら、やはり「ピンコロ」がいい。
こんな日に限って、珍しい人からメールが来た。
元フジテレビの制作プロデューサーで、ネットワーク局、報道部にも勤務したことがある戸張太啓寿さん。
オレを初めてテレビ番組に出演させた人だ。
「石川ちゃん、メールもらっていて連絡出来ずすみませんでした。体調は大丈夫です。12月のときは出席したいと思います。只、お互いに寄る年波には勝てません。石川ちゃんも身体には御留意の程を」と書かれていた。
15日ぐらい前にオレが出したメールの返事だ。
定例の月曜日の「ビンチャン会」に「出る」「出ない」の返事。
オレよりも5歳上だから○○才になっている。
戸張さんも、寄る年波なんていってたんじゃお仕舞いだよ。
2015/11/19(木)
10:57
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俳優・阿藤快さんが、亡くなった
“なんだかな~あ」の俳優・阿藤快さんが亡くなった。
69歳だった。
突然の死に、関係者からは悲しみの声が続々届いている。
阿藤さんと共演した人たちは、彼の優しさや気遣いに、みんなが感謝しているからだ。
それだけ愛された俳優さんだったのだ。
そして、まったく素を見せていた食のリポーター。
美味しいものは美味しいといい、辛いものは辛いと正直にリポートしていた阿藤さんに茶の間のファンは安心感を感じていた。
実はオレと同じ歳。
誕生月も一緒だった阿藤さん。
その阿藤さんの突然の死に、オレの頭の中には「ピンピンコロリ」という言葉が浮かんだ。
九州の親友「沢柳企画」沢柳則明さんが、提唱する「ピンコロ」。昨日まで元気だった人が、人の手を借りずに亡くなくなるといったテーマ。
長野には神社もある。
阿藤さんも「ピンコロ」だった。
仕事先に来ない阿藤さんを心配したスタッフが、自宅に様子を見に行ったら亡くなっていたという。
まさに「ピンコロ」だ。
オレは、それを願っている。
夜寝たら、朝になっても目が覚めない。
突然の出来事で、家族は悲しむだろうが、オレはそれで良い。
周囲に迷惑をかけないんだから。
そのためにも、遺言を書いておかなきゃ。
財産はないから、迷惑をかけ続けたカミさんに感謝の言葉とか、父親らしいことをしてやれなかった子供たちにたいしての謝罪。
オレに係わってくれた周囲の仲間へのお礼など。
こんなことを書いてしまったら、阿藤さんのファンに怒られるかな。
許してください。
ああ、合掌。
2015/11/17(火)
11:00
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冠二郎さんが、ゲストだった
新曲「夢に賭けろ」が絶好調の冠二郎さんがゲストだった。
冠さんといえば、今年2月に年齢を5歳も”サバ”読んでいたことが話題になった。
書いたのは、週刊女性の荒木田範文記者。
彼のカミさんの実家が、埼玉の秩父で、冠さんの生まれ故郷と一緒という関係で、家族全員がファンだという。
で、冠さんがオレの番組「勝手に応援団長」にゲストで来ていただいたときに、荒木田記者から「紹介して欲しい」とういう依頼が来た。
喜んで紹介した。
数日後、荒木田記者は、妻の実家に帰ることになった。
冠さんと会ったことを自慢げに話したという。
そこに、冠さんと同級生の伯父さんがいた。
その伯父さんから「彼は俺と一緒だから70歳だよ」と聴かされたことから始まった年齢詐称問題。
荒木田記者は書くという。
紹介したオレは、辞めてくれないかな、とお願いした。
しかし、ホントのことを書くと、冠さんが所属しているコロムビアは、この話に大賛成だった。
荒木田記者は「陥れるような原稿にしませんから。大丈夫ですよ」と。
取材から1週間。
胃が痛くて寝られない日々が続いた冠さんは、発売日にそっと週刊女性を買いに行ったという。
デビュー以来48年間もファンに5歳若く良い続けてきた。
大嘘がばらされる。
そう感じていた冠さんは、殴り込みの覚悟も決めたという。
そっとページを飛来は彼は一安心。
その冠さんが出演するとあって、荒木田記者にも出演してもらうことにした。
「ホントに優しい記事でした。そして、その記事のお陰で、営業が3倍以上になりました。昨年は2,3回だった老人ホームでのショーが、今年は12,3回になった。テレビ出演も多くなり、お正月の特番にも出演させていただけることになっています。荒木田様様ですよ。あ、石川様様」と、荒木田記者に感謝の出演。
「演歌歌手が話題になることはないですからね。新曲の売り上げももここ数年なかった伸びを見せています。記事で、人を大きく変えることがあるんだなと感じてます」と、言った冠さんに年齢詐称の次には、カツラ問題も持ち上がっているという。
「地毛ですよ。引っ張っても良いですよ」と、笑っていたが、声にも張りがあってやはり若い。
5歳若くても通用していたんだからね。
「デビューして10年目にドラマ『海峡物語』の主題歌『旅の終わりに』がヒットして、『酒場』もヒット。3回NHK『紅白』にも出演させていただいて、ここ数年は、若手が台頭してきてくすぶっていたんですよ。そんな私をもう一度よみがえらせてくれたんです」と、感謝の言葉が後を絶たない。
この勢いで、来年も突っ走って欲しい。
来週、荒木田記者に、また、冠さんを書いてとお願いした。
荒木田記者、お願いだよ。
2015/11/17(火)
10:58
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